映画『暗黒街の顔役』でみる禁酒法時代のシカゴとギャング


1932年に公開された『暗黒街の顔役』は当時の法律禁酒法によりギャングによって牛耳られたシカゴの様子を描いた映画です。何もしない政府に対する非難の映画であった『暗黒街の顔役』通して当時の様子を調べてみたいと思います。

『暗黒街の顔役』作品情報


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タイトル 暗黒街の顔役(Scarface)
監督 ハワード・ホークス
公開 1933年3月13日
製作国 アメリカ
時間 1時間33分

Rotten Tomatoes

あらすじ

ギャングのボスの用心棒を務める男トニー。

彼はある日、宿敵ギャングのボス、ロヴォに買収され、自分のボスを暗殺した。

そしてロヴォのもとで身元を預けることになったトニーは、組織内でナンバー2の地位を与えられる。

しかし、野心の強い彼はライバル組織を次々と襲撃、同時にロヴォの女ポピーに惹かれていく。

こうして天下獲りへ更に勢いづくトニー。

機関銃を手に力ずくでライバルのギャングを潰し、実質的に全ギャングを牛耳る存在へ君臨した彼は、ついに自分への脅威から暗殺を差し向けたロヴォも殺害する。

そしてポピーを連れ、一旦は高飛びをするトニーだったが…。

(出典:http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=1545)

禁酒法

YOKO
1920年〜1933年までアメリカで施行された禁酒法。消費するためのアルコールの製造・販売・輸送を禁止しました。

アメリカでは第一次世界大戦が始まり物資節約の声が高まる中、大量の移民によりお酒を飲む人が増えたことを不快に思っていたキリスト教徒によってお酒を禁止する声が次第に大きくなってきます。

1915年ごろから州によって禁酒を実施する州が出てきていて、ついに1920年アメリカ全土において禁酒法が施行されました。

しかしこの法律がかえってギャングたちの活動を活発にさせたのでした。
密造酒の売買により富を得たギャングたちはいつしか街を牛耳るようになってしまったのでした。

アル・カポネ

『暗黒街の顔役』の舞台シカゴも、密造酒によりギャングが勢力を伸ばした地域でした。
この映画の主人公トニー・カモンテは、実在したシカゴのギャングのアル・カポネがモデルになっています。

顔に傷を負っていたアル・カポネは周囲から「スカーフェイス」と呼ばれていました。
『暗黒街の顔役』の原題は『Scarface』でアル・カポネのことを示していたのです。

この映画の驚くのは、映画公開当時はまだアメリカは禁酒法が施行知れていて、しかもアル・カポネも生きていました。
アル・カポネは逮捕されていましたが、まだまだシカゴ始めアメリカはギャングの勢力が大きかった時代です。

そんな時代に挑戦するように作られた『暗黒街の顔役』の冒頭では、「アメリカにおけるギャング支配を告発し、それに伴う市民の安全と自由の脅威に対する政府の無関心を非難する映画である」と映画の意味を説明しています。

ニューヨークからシカゴに渡ってきたアル・カポネはシカゴのギャングのボスの下で働き、その手法を学びます。
着実に力をつけていったアル・カポネは密造酒の販売で莫大な富を築きました。

シカゴのギャングのボスになった頃には、政治家や警察を買収しシカゴを操る人物にまでなっていたのでした。

聖バレンタインデーの虐殺

YOKO
『暗黒街の顔役』では、実際に起きた聖バレンタインデーの虐殺も描かれています。

1929年2月14日、シカゴでノースサイドとサウスサイドのギャングの抗争が起きます。

映画の中で描かれているように、警察官に扮したサウスサイドのギャングがノースサイドのギャングを7人を壁に並べ銃殺しました。

この事件はカポネが指揮していた事件だとされていますが、証拠が見つからず実行犯含め誰も逮捕されませんでした。

映画の中用のようにノーズサイドのボスは、遅れたことで殺されずにすみましたがこの事件をきっかけにますますアル・カポネは勢力を拡大していきました。

学びのポイント

禁酒法が施行されていた時代のアメリカ。

シカゴでギャングが勢力を拡大する様子を描いたのが『暗黒街の顔役』です。

禁酒法によっていかにギャング達が富を得たていたのか、それによってどれほど一般市民が苦しめられていたのかを知ることができます。

当時の法律により、なかなかギャングを逮捕できない警察の苦悩も描かれていました。

実在した人物をモデルにしたことで、当時のシカゴの様子を学ぶことができます。