映画『怒りの葡萄』で描かれる1930年代のアメリカ中西部の農民達の暮らし


ジョン・スタインベックの小説『怒りの葡萄』を映画にしたジョン・フォード。1930年代のアメリカ中西部の農民たちの貧しい暮らしの中で、必死に生きる人達を描いた作品になっています。ここでは世界恐慌により生まれた格差や、ダストボウルによって移住するしかなかった農民たちについて調べてみました。

『怒りの葡萄』作品情報


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タイトル 怒りの葡萄(The Grapes of Wrath)
監督 ジョン・フォード
公開 1963年1月12日
製作国 アメリカ
時間 2時間9分

Rotten Tomatoes

あらすじ

殺人容疑で入獄していた主人公トム・ジョードは仮釈放で4年ぶりに故郷オクラホマの農場に戻るが、小作人として働いていた一家は既に凶作の土地を逃れさったあとだった。

叔父の家で家族と再会した彼は、みなで遥かカリフォルニアに行き、職を求める。

そして、桃もぎで雇われた農場で賃金カットに反対したストが起き、首謀者ケイシーを殺した男をトムは殴り殺してしまう。

一家で国営キャンプに潜んだが、彼を追う保安官が姿を現わし、トムはまた一人逃亡の旅に出る……。

(出典:https://www.allcinema.net/cinema/1770)

アカデミー賞受賞
・監督賞
・助演女優賞:ジェーン・ダーウェル

ダストボウル

オクラホマに住んでいたジョード一家が自分の土地を奪われカリフォルニアに向かうことになったのは、映画の中でも少しだけ触れていましたが1930年代にアメリカの中西部で起きたダストボウルのせいでした。

中西部に住んでいた農民たちの多くは、土地を耕すために土の表面から草を取り除いたために土が露出しか湧いてしまいました。
このため強い風が吹くと土ぼこりが舞い上がり砂嵐となりました。

この砂嵐のせいで中西部では農業ができなくなってしまいます
オクラホマ州・テキサス州・アーカンソー州の3州の被害は大きく、この州の農民たちのほとんどが仕事を失い、カリフォルニアに職を求めて移住することになりました。
ジョード一家もそんな農民たちの1人だったのです。

さらに農業の大規模な拡大もこのころ起こり、地主によって土地を奪われてしまったのです。
映画の中では人の手でなくトラクターを使うことで収穫量が増えるというセリフもありました。

災害と農業改革により農民たちは土地と家を奪われてしまい、貧しい生活を余儀なくされたのでした。

ルート66


ビンテージ木製看板 ルート66アメリカンウッドサインボード (SMALL)

ジョード一家はオクラホマからカリフォルニアまでルート66をトラックで走ります。
今にも潰れそうなトラックに乗りながらの走りつづけました。

ルート66は1926年に指定された旧国道です。
1985年には廃線となりましたが、今でも一部保存されている多くの人に愛された道路でした。

オクラホマ州→ニューメキシコ州→アリゾナ州→カリフォルニア州というルートで仕事を求めてカリフォルニアにやってきます。

またその間、州境いでは検閲を受けていました。
毎回「果物や野菜は持っていない?」と聞かれていましたが、州によって持ち込めないフルーツなどがあるようです。
これは現在でも行われていて、主にトラックなどで検査されることが多いようです。

アメリカを横断するに渡って重要な道路だったルート66。
ルート66があったおかげでアメリカ西部が発展していきました。

アメリカ人にとっては古き良きアメリカの1つでもあるルート66はたくさんの映画やドラマなどに登場します。
また世界中からルート66を見ようと多くの観光客がやってきます。

『怒りの葡萄』の中ではまだまだ現役だったルート66を見ることができ、中西部からカリフォルニアを目指した人たちにとってどれほど重要な道路だったかを知ることができます。

まとめ

時代の流れによって仕方なく自分の土地を捨てて新しい土地へ移住した人々。
この時代の貧富の差を強く描いた作品が『怒りの葡萄』です。

しかしどんなに貧しくてもしぶとく生きることを選んだジョード一家。
当時の人達のたくましさを感じることができました。

また『怒りの葡萄』を見るとこの時代に何が起こっていたのか、そしてアメリカ横断に大きく貢献したルート66について知ることがでます。