映画『フォードvsフェラーリ』で学ぶフォード・モーターの紆余曲折の歴史


『フォードvsフェラーリ』は1963年から始まります。自動車の大量生産により一時代を作り上げたフォードモーターでしたが、1960年代になると若者は速い車を求めるようになり、フォードの勢いに陰りが見え始めていました。そんな中ル・マン24時間レースに参加するために速い車を作り始めたフォード。ここではそんなフォードの歴史の浮き沈みを見ていきたいと思います。

『フォードvsフェラーリ』作品情報

タイトル フォードvsフェラーリ(Ford v Ferrari)
監督 ジェームズ・マンゴールド
公開 2020年1月10日
製作国 アメリカ
時間 2時間32分

Rotten Tomatoes

あらすじ

1950年代後半にレーサーとして活躍するも心臓を患い引退を余儀なくされたキャロル・シェルビー。

今はスポーツカーの製造会社を立ち上げ、気鋭のカー・デザイナーとして活躍していた。

その頃、アメリカ最大の自動車メーカー、フォード・モーター社では、ル・マン24時間耐久レースで絶対王者に君臨していたイタリアのフェラーリ社との買収交渉が進められていた。

ところが契約成立を目前にして創業者のエンツォ・フェラーリが態度を急変させ、交渉は決裂。

小バカにされた会長のヘンリー・フォード2世は激怒し、レースでの打倒フェラーリを誓うのだった。

こうしてシェルビーのもとに絶対王者フェラーリに勝てる車を作ってほしいとの不可能とも思える依頼が舞い込むことに。

さっそくシェルビーはイギリス人ドライバーのケン・マイルズを口説き、2人でレーシングカー、フォードGT40の改良を進めていく。

しかしマイルズはレーサーとしての腕前は超一流ながら、その言動はあまりにも破天荒で、企業イメージを大事にするフォード社幹部の反感を買ってしまうのだったが…。

(出典:https://www.allcinema.net/cinema/369005)

アカデミー賞受賞
・音響編集賞
・編集賞

フォードの繁栄

フォード・モーターは1903年にヘンリー・フォードが設立しました。
1908年に生産したフォードT型は、大量生産のシステムを作ったモデルでもありました。
さらに販売後のアフターサービスを初めて行った車でもありました。


ICM 1/24 T型 フォード 1910 ツーリング プラモデル

このT型が、今の車の販売の形を作り出したのです。
さらに大量生産を可能にするベルトコンベアによる車の生産も始めました

フォード・モーターの発展により工場のあったデトロイトの街も大きくなっていきます。
車の部品の生産工場などがたくさんデトロイトにでき、また働き口を求めて多くの人がデトロイトにやってきてデトロイトは自動車工業都市として発展していきました。

フォードT型の大量生産により、アメリカ国民の多くは車を手にすることができました。
お金持ちしか持てなかった車がフォードのおかげで庶民のものになったのでした。

『フォードvsフェラーリ』のなかでフェラーリのエンツォ・フェラーリがフォードの向上を「醜い工場」と罵ったのは、ベルトコンベアによる生産のことを言っていたのです。
フェラーリは映画でも描かれていたように手作業で車の生産を行っていました。

エンツォは流れ作業を行なっているフォードの事を見下していたのです。

しかし1920年にはアメリカの車の半分はフォードT型と言われるほどにまでなっていたのは事実です。
フォードにとってこの時期が1番輝いていた時代だったのかもしれません。

やがて時代は少しづつ速い車を求めるようになってきたのでした。

フォードの苦悩

『フォードvsフェラーリ』はフォードの車が売れずに苦悩の時代から始まります。
社長はヘンリー・フォードの孫であるヘンリー・フォード二世が1945年から務めていました。

1958年に生産した「エドセル」が大失敗してしまいます。


AMT 1/25 1958 エドセル ペイサー プラスチックモデルキット AMT1087

この失敗により打撃を受けたフォード・モーターは改革を開始します。
若者が求める速い車を作ろうとします。
そして作られたのがフォード・マスタングでした。


1964 フォード マスタング コンバーチブル 1/18 -ホワイト/レッド

さらにフォード・モーターはル・マン24時久レースに参加するために、GT40の改良に取り掛かります。

それが『フォードvsフェラーリ』のなかで描かれる、キャロル・シェルビーとケン・マイルズの物語なのです。

ル・マン24時間レース

フランスのル・マンで行われる自動車レースは24時間走り続ける過酷なレースです。
世界三大レースの1つである、ル・マン24時間レースに優勝することはとても名誉な事です。

約13kmのサーキットを2人または3人のドライバーで交代しながら24時間走り続けます。
天候にも左右されるこのレースはドライバーだけでなく、ピットクルー達の能力もレースの順位を大きく左右してしまいます。

フォード・モーターはル・マン24時間レースに1964年にGT40で参戦しました。


CMR 1/43 フォード GT40 MK II #1 第2回 24h LeMans 1966 「フォード VS フェラーリ」

1960年〜1963年までフェラーリは連勝していて、最強のレースカーと言われていたのがフェラーリでした。
フォードはこのフェラリーに勝つためにルマンに参戦しす。

しかし1964年はフォードは負けてしまい、フェラーリは5連覇を達成しました。
映画の中でに描かれていませんが、1965年もフォードは優勝することができずフェラーリは6連覇していました。

1966年ケン・マイルズとキャロル・シェルビーによって改良されたGT40 MKⅡでル・マンに乗り込んできたフォード。
この年に初優勝することができたのでした
そしてそこから1969年までフォードは4連勝し続けました。

今ではフェラーリもフォードもル・マン24時間レースからは撤退していますが、この1966年のレースは今だに語り継がれるレースになっているのです。

ちなみに2019年までで最多優勝はポルシェの18回です。
フェラーリは9回でフォードは4回です。
日本車は1991年にマツダが初めて優勝し、2018年・2019年はトヨタが連覇しています。

まとめ

『フォードvsフェラーリ』を見ると一時代を築いたフォードの低迷期を知ることができます。
そしてその低迷期を脱出するためにル・マン24時間レースに参戦しました。

過酷な24時間レースに優勝するまでの苦悩の道のり。
しかしそこにはレースに全てをかける男達の物語もありました。

レーサーとしてセールスマンとしてフォードをさえた様々な男達の歴史が『フォードvsフェラーリ』には描かれていて、それが伝説のレースを生んだのでした。