映画『ランボー』で描かれたベトナム帰還兵のPTSD


シリーズの第1作目となる『ランボー』は、PTSDに悩むベトナム帰還兵の姿を描いた物語でした。戦地で大活躍した英雄もベトナム戦争が終わりアメリカに戻って来ると居場所がありませんでした。孤独と戦地での経験に悩み続ける姿は、帰還兵の実態を描いた描いになっていました。

『ランボー』作品情報


ランボー [Blu-ray]

タイトル ランボー(First Blood)
監督 テッド・コッチェフ
公開 1982年12月18日
製作国 アメリカ
時間 1時間33分

Rotten Tomatoes

『ランボー』あらすじ

ジョニー・ランボーは、多くの軍事名誉勲章を獲得したベトナム戦争の帰還兵である。

彼は、とあるいなか町で浮浪者のように徘徊していたため逮捕されてしまう。

彼は拷問じみた嫌がらせを受け、逃走することを決意する。

脱獄囚狩りが開始されるが、ランボーはトラップを回避する方法を熟知している。

元上司のトラウトマン大佐は彼に降伏するよう説得する。

(出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B07ZP8DPQ4)

ランボーの原作


一人だけの軍隊 ランボー (ハヤカワ文庫)

大ヒットアクション映画『ランボー』には原作があります。
ディヴィッド・マレルの書いた『一人だけの軍隊』が映画『ランボー』の元になっています。

アイオワ大学で教壇に立っていたディヴィッド・マレルは、学生の中にいたベトナム帰還兵から話を聞き小説を書きました。

帰還兵と話をするうちに、ディヴィッド・マレルは、彼らが悪夢に悩まされ夜も眠れない毎日を過ごしていることを知ります。
そしてその原因の多くはベトナム戦争でおった心の傷によるものでした。
彼らの多くがPTSDを抱え、戦争が終結しアメリカの戻って来てから何年経っても苦しんでいたのです。

さらにベトナム戦争の帰還兵をアメリカ国民は快く迎えませんでした。
これは『ランボー』の中でも描かれていますが、戦時中からアメリカ国内ではベトナム反戦運動が起こっていました。

毎日ニュースで流れるベトナム戦争の実態を見て、アメリカ国民達は心を痛めていました。
アメリカ兵は現地で女性や子供など一般市民も多く殺していました。
その事実を知ったアメリカ国民の多くは戦争に反対するようになったのです。

アメリカのために戦ったランボー達は戦争の負けてしまい、さらに国に戻って来てからも全く居場所がなかったのです。
兵士としては英雄だったかもしれませんが、戻って来てからは仕事もありません。
そんな苦しみがPTSDに加え帰還兵達を孤独の闇に閉じ込めてしまったのでした。

グリーンベレー

ランボーが所属した部隊はアメリカ陸軍特殊部隊で通称グリーンベレーと呼ばれています。
この部隊は実際に存在する部隊で、ベトナム戦争にも参加しました。

厳しい訓練と教育を受けた彼らの持っている戦闘能力は、普通の人間では叶わないと言われています。
ランボーがグリーンベレーの隊員だと聞いた保安官達は驚いていました。
それでもランボーを追いかける保安官達。
嵐が近づき暗くなった森の中に入り怯える仲間に「ブキーマンが怖いのか」とバカにしていた保安官もいましたが、暗い森と同じくらいランボーの戦闘能力に対して怯えていたのかもしれません。

グリーンベレーはゲリラ戦での戦いが有名で、ランボー自身もゲリラ戦の専門家だと大佐は説明していました。
彼らは戦闘能力だけでなく、並外れた忍耐力や精神力の持ち主でもあります。
森の中でもランボーの行動を見ていれば、どれだけ優れた能力の持ち主かすぐに分かります。

それ以外にも語学も勉強し高い教育も受けています。
そんな彼らは戦闘だけでなく人道支援なども行っています。
それぞれが専門知識に長けた隊員で特に衛生兵は、隊員だけでなく現地の住人の治療なそにも携わったりしているのです。

誰でも簡単になれるわけではないグリーンベレー。
厳しい訓練と試験に合格した人のみがなれる特殊部隊の隊員がグリンベレーですが、そんなグリーンベレーの兵士でさえベトナム戦争のPTSDに悩み続けていたのです

鍛え抜かれた精神力の持ち主の隊員でさえも、心がおかしくなってしまうのが戦争なのです。

まとめ

PTSDに悩む帰還兵を描いた『ランボー』は保安官を殺し街を破壊してしまう男が主人公でしたが、多くの人の心を掴む作品となりました。

戦争が終わって7年経つのに、毎日のように悪夢を見続けるランボー。
強くてたくましい肉体と精神の持ち主の男が、大佐を前に号泣しながら胸のうちを叫びます。
その姿に多くの人が心打たれてしまいました。

『ランボー』という作品はフィクションであっても、戦後PTSDに悩む兵士がいるのは事実です。
トラウマを抱えた兵士たちの心の叫びがリアルに描かれ、彼らもまた犠牲者だということを痛感させられる作品になっていました。