映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』に出てくる懐かしい映画絵看板


シリーズ37作品目となる『男はつらいよ 幸福の青い鳥』。マドンナ美保が恋した相手は看板屋で働く若者健吾でした。健吾が働く看板屋には、職人さんが手がける昔懐かしい映画の絵看板が。ここでは昭和の匂いを感じる映画の絵看板について調べてみました。

『男はつらいよ 幸福の青い鳥』作品情報


男はつらいよ・幸福の青い鳥 [DVD]

タイトル男はつらいよ 幸福の青い鳥
監督山田洋次
公開1986年12月20日
製作国日本
時間1時間43分

あらすじ

福岡県飯塚、かつて炭坑で賑わった町も閑散とし、寅さんが贔屓にしていた旅役者の一座が活躍していた劇場も廃れてしまっていた。

今は亡き座長に線香をあげるために、一座の花形だった大空小百合こと美保を訪ねる。

やがて美保は寅さんを訪ねて上京するが、寅さんが不在で、ひょんなことから看板職人の健吾と知り合う。

その後無事、寅さんと再会した美保は、柴又のラーメン屋“上海軒”で働くようになり、健吾との交際も続けるが

(出典:https://www.cinemaclassics.jp/tora-san/movie/37/)

映画の絵看板

東京の上京してきた美保を助けてあげた看板職人の健吾は、自分の家に具合の悪い美保を連れて行きます。

健吾の家とは看板工房の2階。

彼は工房の2階で住み込みで生活していました。

工房にはたくさんの絵看板が置かれていて、その中には映画の絵看板もあります。

今はほとんど見なくなってしまった映画絵看板。

全盛期は戦後〜昭和40年頃で、その頃は映画館には大きな絵看板がたくさん飾られていました。

映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』が公開されたのは1986年(昭和61年)なので、映画絵看板はほとんど見かけなくなり、ポスターに変わってしまった時代です。

それでもまだ少しは映画の絵看板は残っていたようです。

昭和の映画絵看板』という本によると、写真資料として残っている最後の絵看板は1996年(平成8年)の映画『虹をつかむ男』だそうです。


昭和の映画絵看板 看板絵師たちのアートワーク

絵看板を手がける職人さんの中には、健吾のように工房の2階で住み込みで暮らしていた人も多かったようです。

住み込みで働きながら師匠の元で勉強し、腕を磨いていたのです。

『男はつらいよ 幸福の青い鳥』では、映画絵看板を見ることで昭和の映画館の歴史を感じることができるようになっていました。

 

1986年12月の映画絵看板

映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』が公開されたのは1986年12月20日。

物語の中で工房にあった映画絵看板は、ちょうど同じ頃に公開される作品の看板でした。

初めて工房にやってきた美保が「たまげたー」と驚いたのは、『キングコング2』の絵看板。

映画『キングコング2』は、『男はつらいよ 幸福の青い鳥』と同じ1986年12月20日に公開されています。

さらに、元気になった美保が健吾の工房を再び訪ねた時、工房では2つの絵看板が制作中でした。

1つは『ハワード・ザ・ダック/暗黒魔王の陰謀』。

こちらは、1986年12月6日に公開されています。

まだ制作途中なので全体像は出来上がっていませんが、看板に「ハワード」という文字が見えるのと、宇宙空間に描かれる緑の光を見ることができます。

もう1つの作品は『マネーピット』。

1986年12月13日に公開された作品です。

『マネーピット』のチラシを見ながら、職人さんが男生と女性の顔を描いています。

ちなみに看板に描かれている男性はトム・ハンクスです。

製作中なのでトム・ハンクスにはまだ似ていませんが、ここから何度も線や色が加わり本物そっくりになっていくはずです。

まとめ

映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』は、映画の絵看板を通して昭和の懐かしい時代を垣間見ることができる作品にもなっていました。

絵看板を描く職人さんも少なくなり、映画館でも絵看板を見ることはなくなりましたが、映画絵看板は、昭和の映画の歴史に欠かせないものです。

『男はつらいよ 幸福の青い鳥』では、1986年(昭和61年)12月の映画の匂いを感じることができます。