映画『42 〜世界を変えた男〜』立派な紳士・偉大な選手ジャッキー・ロビンソン


初の黒人メジャーリーガーとされているジャッキー・ロビンソン。彼の背番号「42」番にはメジャーリーグでが大きな意味があります。人種差別が蔓延る中で、白人だらけの野球界に飛び込んだジャッキー・ロビンソンの軌跡を、映画『42 〜世界を変えた男〜』を見ながら振り返ってみたいと思います。

『42 〜世界を変えた男〜』作品情報


42~世界を変えた男~ (字幕版)

タイトル42 〜世界を変えた男〜(42)
監督ブライアン・ヘルゲランド
公開2013年11月1日
製作国アメリカ
時間2時間8分

あらすじ

(引用:MIHOシネマ

ジャッキー・ロビンソン

黒人だけのリーグで活躍していたジャッキー・ロビンソン。

彼の活躍に目をつけたのが、ブルックリン・ドジャースのオーナーのブランチ・リッキーでした。

1945年当時のメジャーリーグには、全く黒人選手はおらず白人選手だけで成り立っていました

人種隔離がまかり通っていた時代なので、野球を見る観客の多くがメジャーリーグは白人選手がプレーする場所だと当たり前のように思っています。

そんな時代にメジャーリーグに挑戦したジャッキー・ロビンソンは、まず1945年ブルックリン・ドジャースの傘下であるモントリオール・ロイヤルズと契約します。

このこと自体がすでに驚きの出来事でしたが、モントリオール・ロイヤルズで活躍したジャッキー・ロビンソンは、その実力が認められついにブルックリン・ドジャースの選手となりました。

そして1947年4月15日
彼は黒人初のメジャーリーガーとして、背番号「42」をつけて開幕戦に出場したのです。

彼が成し遂げた偉業。
それは今だにメジャーリーグで讃えられています。

彼のつけていた背番号42番は1997年にメジャーリーグ全球団の永久欠番となりました。

さらにメジャーリーグは2004年から4月15日を「ジャッキー・ロビンソン・デー」に制定しました。

映画の最後に出てくるように、この日選手全員が42番をつけて試合に挑むチームもあります。

それほど、ジャッキー・ロビンソンは、メジャーリーグにとって革命を起こした人物なのです。

彼は1947年〜1956年までの10年間メジャーリーガとして活躍しました。

その間、1947年の新人王をはじめとして首位打者・盗塁王・MVPを獲得するなど、優秀な成績を残しています

偉大な野球選手ジャッキー・ロビンソン。

彼は今でも多くの野球ファンや野球関係者の心の中に生き続けているのです。

 

やり返さない勇気を持った男

南北戦争後、奴隷制は廃止されますが黒人法・やジム・クロウほうなど人種隔離を認める条例が各州で誕生しました。

特に、南部では人種差別はひどく、常に白人と有色人種は分けられていました。

白人と黒人が一緒に野球をすることも許されていません。

そんな1945年にモントリオール・ロイヤルズと契約したジャッキー・ロビンソンは、オーナーのブランチ・リッキーから「やり返さない勇気を持」と言われます。

「立派な紳士・偉大な選手になれ」と言われました。

ジャッキー・ロビンソンはこの教えを守り、どんなことを言われてもどんな差別を受けても常に耐え決して反撃しませんでした。

彼の差別に屈せず耐え続ける姿は、やがて仲間や多くのファンを魅了することになります。

ジャッキー・ロビンソンの行動は映画『ブラック・クランズマン』の中でも言及されています。

コロラドスプリングス初の黒人警察となった主人公は面接で、「ジャッキー・ロビンソンのように侮辱しても我慢できるかね?」と聞かれていました。

人種差別に対して静かに立ち向かったジャッキー・ロビンソンの姿は、多くの人に影響を与えました。

そして彼のその姿が、少しずつメジャーリーガーやファンをかえ、やがて世間を変えることになっていったのです。

まとめ

公民権運動が盛んになる前、人種隔離が普通だった時代にメジャーリーガーとなったジャッキー・ロビンソン。

彼は反撃に出ずに耐え続けるという行動で人種差別と戦い、後輩たちへの道を作りました。

彼の行動や功績は讃えられ、メジャーリーグファンの間では忘れられない人物となりました。

ジャッキー・ロビンソンは多くの人に勇気を与え、そして多くの子供達に夢と希望を与えた人物なのです。