映画『リンカーン』憲法修正第13条に込めたリンカーン大統領の想い


南北戦争終結前に何としてでも憲法修正第13条を下院議員で可決させたかったアメリカ大統領リンカーン。彼は本当に黒人が自由を得るためには、奴隷制度を廃止する必要があると考えていたのです。戦争が終わってしまえば奴隷制度廃止に対して興味が薄れてしまうと感じたリンカーン大統領。彼は修正第13条を可決するために動き出したのです。

『リンカーン』作品情報


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タイトル リンカーン(Lincoln)
監督 スティーヴン・スピルバーグ
公開 2013年4月19日
製作国 アメリカ
時間 2時間30分

Rotten Tomatoes

 

アカデミー賞受賞
・主演男優賞:ダニエル・デイ=ルイス
・美術賞

あらすじ

(引用:MIHOシネマ

奴隷制廃止

リンカーン大統領が可決したかった憲法修正第13条。
そこには奴隷制の廃止が唱えられていました。

1865年1月大統領の2期目に当選したリンカーン大統領は、この法案をどうしてもすぐに可決させたいと考えます。

リンカーン大統領は1862年9月に奴隷解放宣言を行なっていました
しかしこの解放宣言だけでは奴隷を自由にできないことにリンカーン大統領は気がついていたのです。

奴隷制の南部と、自由な北部。
この対立が南北戦争となります。

奴隷制に対して反対していた共和党のリンカーンが大統領になったことで、南部は連邦政府から11周が脱退し南北戦争へと突入しました。

しかしこの時点で共和党の保守派の人たちは奴隷制度に反対ではありましたが、奴隷制を廃止することまでは考えていませんでした。

映画『リンカーン』の中でも共和党の保守派の人たちは「廃止まで考えていない」と口にしています。
しかしリンカーン大統領はこのままでは本当の意味で奴隷が自由になる日は来ないと考えました。

南部連合軍を国と認めたくないため、大統領の権限である財産の没収もできません。
さらに各州には州法があるため、裁判所が州法により奴隷解放を認めない可能性も出てきます。

リンカーンは黒人達に自由を与えるために、どうしても早急に憲法修正第13条を可決させる必要があったのです。

この法案を成立させることは、今いる奴隷だけでなくこれから生まれてくる無数の人たちの運命が決まってしまうとリンカーンは切実な思いを抱いていました。

そしてこの法案を成立させるために、リンカーン大統領は裏工作に動き出したのでした。

憲法修正第13条

1865年1月31日、下院議会で可決された憲法修正第13条。
棄権8票・反対56票・賛成119票で可決に必要な下院の2/3の票を得ました。

そして翌日2月1日に、リンカーン大統領が共同決議に署名し正式のものとなりました。

合衆国憲法への修正条項

第1節「奴隷および本人の意に反する労役は、当事者が有罪宣告を受けた犯罪への刑罰の場合を除き、合衆国またはその管轄のいかなる地位域内にも、存在してはならない」
第2節「議会は、この修正条項を適切な法律により、施行する権限を有する」

これにより正式にアメリカ合衆国で奴隷制度は廃止されました。

若い頃鎖で繋がれた奴隷達が船で運ばれるのを見たリンカーン大統領。
その時感じたことに、やっと決着をつけることができたのです。

もちろんこれですぐに黒人に対する差別が終わったわけではありません。
あくまでこれは奴隷制度廃止ということだけです。

まだこの時はタデウス・スティーブンスが望むような世界ではなく、黒人に参政権はありません。
しかしこの後起こる、人種差別撤廃に対する始まりがこの憲法修正第13条でもあったのです。

この憲法のおかげでたくさんの黒人が解放され自由を手にすることができました。

リンカーン大統領は奴隷制廃止を制定し、南北戦争も北軍勝利で終わりやっと長いトンネルから抜け出すことになりました。

しかし1865年4月14日、フォード劇場で舞台を見ている時に、拳銃で撃たれてしまいます。
そして翌4月15日、56歳で亡くなってしまいました。

南北戦争が終わりここから先、新たアメリカ合衆国を作る矢先にリンカーンは命尽きてしまいまったのです。

それでも彼が残した憲法修正第13条は大きな意味を持つ憲法となったのでした。

まとめ

憲法修正第13条を制定するために奔走するリンカーン大統領の姿を描いた映画『リンカーン 』。

この映画にはなぜ裏工作までしてリンカーンがこの法律を可決させたかったのを知ることができます。

「同じものと等しいものは互いに等しい」という理念のもと、リンカーン大統領は全ての人は平等だということを貫こうとしたのです。