映画『シカゴ7裁判』歴史的事実と合わせてみるベトナム反戦運動家達の不当裁判


1968年シカゴで開催された第35回民主党全国大会。この大会で民主党はヒューバート・ハンフリーを大統領候補に任命します。しかし時代はベトナム戦争真っ只中。徴兵数が増える中反戦を訴える人達がシカゴに向かい、暴動が起きてしまいました。『シカゴ7裁判』はデモを先導したとして捕まった男達の法廷内の物語です。

『シカゴ7裁判』作品情報

タイトル シカゴ7裁判(The Trial of the Chicago 7)
監督 アーロン・ソーキン
公開 2020年10月9日
製作国 アメリカ
時間 2時間9分

Rotten Tomatoes

あらすじ

平和に行われるはずだっの抗議デモが、警察との激しい衝突に発展。

その責任を問われ逮捕・起訴された7人は、米国史上最も理不尽な裁判に立たされる。

(出典:https://www.netflix.com/title/81043755)

歴史的背景

アメリカは1961年にケネディ大統領が就任すると、ベトナム共和国(南ベトナム)に兵士を送りました。
しかしこれはあくまで軍事顧問としての兵士でした。

1963年にケネディ大統領が暗殺されると、副大統領だったリンドン・ジョンソンが大統領に就任します。

ジョンソンは1964年のトンキン湾事件をきっかけに、ベトナムに本格的に介入を始めます。
その様子が『シカゴ7裁判』の冒頭で説明されていて、アメリカでは多くの若者達が徴兵されてベトナムへ向かうことになりました。

これに対してアメリカ国内でベトナム戦争への反戦運動が起こります

ベトナム戦争でのアメリカ兵の行いが報道される中、ジョンソン大統領の支持率は下がり1968年の大統領選には出馬しないことを決めます。

民主党の大統領候補はロバート・ケネディだと思われていましたが、彼もまた兄と同じように暗殺されてしまいました。

代わりに民主党の大統領候補として指名されたのが、ヒューバート・ハンフリーでした。
彼はジョンソン政権時の副大統領です。

この指名に対して不満を募らせた、反戦運動家達がシカゴで1968年にシカゴで開かれた第35回民主党全国大会に向かいます。

そしてそこで警察官との暴動が起きてしまい、有名な活動家達が逮捕されてしまいました。
彼らの裁判の内容を描いたのが『シカゴ7裁判』ですが、民主党全国大会が開かれるまでに流れを知っているとより映画の理解が深まります。

シカゴ7

デモを扇動したとして捕まった8人

民主社会学生同盟(SDS)
・トム・ヘイデン
・レニー・デイヴィス
青年国際党(イッピー)
・アビー・ホフマン
・ジェリー・ルービン
ベトナム戦争終結運動(MOBE)
・デヴィッド・デリンジャー 
ブラックパンサー党
ボビー・シール

・ジョン・フロイネス
・リー・ワイナー

(途中でボビー・シールが審議無効になったため、シカゴ7と呼ばれています)

彼らはシカゴでの暴動を扇動したとして共謀罪で起訴されました。

しかしこれは明らかに政治裁判であり、彼らを連邦法として起訴したのは当時のニクソン政権下で司法長官を務めていたジョン・ミッチェルの意向でもありました。

しかもこの裁判を務めたジュリアス・ホフマンは、明らかにシカゴ7を有罪にしたいのが分かります。

そんな圧倒的に不利な状況で行われたのが、シカゴ7の裁判だったのです。

結局彼らは共謀罪では全員無実になりました。
ただしヘイデン、デイヴィス、ホフマン、ルービン、デリンジャー の5人は暴動の示唆で有罪となります。
しかしこの結果も後に逆転します。
それは裁判官の不適格が認められたからでした。

結局司法省は再審を行わず、5人は無罪となりました。

まとめ

暴動を扇動したとして捕まったシカゴ7。

ベトナム反戦運動を平和的に活動しようとしていた彼らでしたが、警察との戦いで多くの血が流れたのは事実です。

しかしその後の彼らの裁判では明らかに、おかしな点がたくさんありました。

これは1968年〜1969年にかけての物語ですが、彼らが体験した恐怖は2020年の現代にも起きていることなのです。