映画『ピアノ・レッスン』絶望から再起した女性エイダ 彼女にとってピアノは声だった


話すことをやめたエイダ。彼女にとって話すことはピアノを弾くことでした。そんなエイダにとってピアノを弾けなくなることが、本当に声を奪われてしまうことだったのです。ピアノを拒否した男とピアノに興味を持った男。それはエイダにとって会話ができるかできないかという事でもあったのです。

『ピアノ・レッスン』作品情報


ピアノ・レッスン [DVD]

タイトル ピアノ・レッスン(The Piano)
監督 ジェーン・カンビオン
公開 1994年2月12日
製作国 オーストラリア/ニュージーランド/フランス
時間 2時間1分

Rotten Tomatoes

あらすじ

19世紀の半ば、スコットランドからニュージーランドへ写真結婚で嫁ぐエイダ。

旅のお供は娘のフロラと一台のピアノ。

エイダは6歳の時から口がきけず、ピアノが彼女の言葉だった。

夫のスチュアートはそのピアノを重すぎると浜辺に置き去りにし、原住民に同化している男ベインズの土地と交換してしまう。

ベインズはエイダに“ピアノ・レッスン”をしてくれればピアノを返すという。

レッスン一回ごとに黒鍵をひとつずつ。

エイダが奏でる甘い調べは、いつしか激しい愛とエロティシズムの炎を燃えあがらせてゆく……。

(出典:https://www.allcinema.net/cinema/18876)

アカデミー賞受賞
主演女優賞:ホリー・ハンター
助演女優賞:アンナ・パキン
脚本賞

エイダの声

6歳の時に自ら話すことをやめたエイダ。
自分自身でもなぜだか理由がわからないが、彼女は話すことをやめてしまいます。

しかし彼女は声を失ったとは考えていません。
なぜなら彼女の声はピアノだったからです。

彼女はピアノを弾くことで自分の声を発していました。

だからスコットランドからニュージランドに向かう間ピアノを弾けないことに落ち込んでいました。
それはその間声を発していないことになるからです。

さらにベインズが彼女の体に触れた時、彼女は今まで弾いていた曲と曲調を変えます。
それは彼女なりの抵抗でした。
ベインズは変わってしまった曲調を聞いて、彼女に触れることをやめます。
それはベインズにはピアノが彼女の声だと理解できていたからでしょう。

ピアノを弾くエイダに興味を持ったベインズ。
最初彼はピアノを弾くエイダを眺めていました。
それはエイダの声を感じていたのです。

だからエイダに惹かれていきました。
そしてそれはエイダにも伝わります。

やがてエイダもベインズを愛するようになっていったのです。

生まれ変わったエイダ

ベインズに惹かれるエイダでしたが、夫のスチュアートはエイダへの嫉妬を募らせてしまいます。

彼女の愛を待ち続けますが、やがてそれは怒りに変わってしまいました。
嫉妬に狂ったスチュアートは、彼女の指を切断してしまいます。

それはエイダにとって、本当に声を失ってしまうことでした。
エイダにとっては単にピアノを弾けなくなることではなかったのです。
彼女は感情を表現することを失うことになったのです。

指を失ってから彼女の表情は、死んだも同然でした。
エイダにとっては絶望だったのです。

だから、彼女は死を選びます。
大好きなピアノとともに海に沈んでしまうことを。

しかし彼女はそれを思いと取りました。
死ぬことをやめ、自力で上に上がりました。

それは彼女が強く生きることを選んだ瞬間でもあります。
そしてそれはエイダが生まれ変わった瞬間でした。

そして新しい土地でベインズと始まった新しい愛の溢れる生活。
再びピアノを弾けるようになったエイダでしたが、もう一度話すことにも挑戦します。

強く生きることを選んだエイダの、新たな挑戦が話すことでした。
そしてそれはエイダにとって希望でもあったのです。

まとめ

一度は聞いたことある『ピアノ・レッスン』に流れるピアノ曲『楽しみを希う心』。

それは大人の切ない三角関係を描いた曲でもありました。

しかしそれと同時に、1人の女性が強く生きる曲でもあったのです。

声を失ったエイダが声を取り戻すまでの物語『ピアノ・レッスン』。

それは絶望から再起した女性の物語でもありました。