映画『アニマル・ハウス』で描かれるアメリカの大学のフラタニティとは?


映画『アニマル・ハウス』で描かれるアメリカの大学にあるフラタニティ。日本の大学のサークルとは違うアメリカならではの「友愛会」について、『アニマル・ハウス』を通して調べてみたいと思います。

『アニマル・ハウス』作品情報


アニマル・ハウス スペシャル・エディション [DVD]

タイトル アニマル・ハウス(National Lampoon’s Animal House)
監督 ジョン・ランディス
公開 1979年4月21日
製作国 アメリカ
時間 1時間49分

Rotten Tomatoes

あらすじ

1962年、東部の大学に、オチコボレばかりが集まるデルタ・ハウスというフラタニティがあった。

お高くとまった優等生フラタニティ、在学しながら軍将校を目指す予備役将校訓練課程の軍服組、さらには学長までから目の敵にされ、お取潰しの危機に瀕している。

それでも滅茶苦茶な古代ローマ風コスプレ・パーティを敢行したところ、査問会でお取潰しが正式に決まり、エリートどもに向けたデルタ・ハウス最後の大反抗が計画される。

(出典:https://www.thecinema.jp/program/04210)

フラタニティとは?

『アニマル・ハウス』の中で登場するフラタニティ。
「友愛会」と訳されるフラタニティとは何を意味するのでしょうか?

フラタニティとは日本の大学にはないアメリカの大学の独特の文化です。
階級社会のアメリカらしいものでもありますが、『アニマル・ハウス』の中ではフラタニティの「格差」について描いています。

フラタニティとは部活でもサークルでもない社交クラブのことをいいます
男性の組織をフラタニティといい、女性はソロリティと言われます。
大学の創立以来あるフラタニティなどもあり、それぞれのフラタニティが伝統と格式を重んじています。

そのため、フラタニティ内の結束は強くメンバーを「ブラザー」(ソロリティは「シスター」)と呼び硬い絆で結ばれていきます。

それぞれのフラタニティには簡単に入れるわけではなく、入りたいと思っても入れない場合もあります。
入るための選考会のようなものがあり、選ばれるとそれぞれの伝統の儀式を行いメンバーになっていきます。

他に特徴としてはほとんどのフラタニティがギリシャ文字を使用した名前をつけています。
『アニマル・ハウス』では「オメガ」と「デルタ」というフラタニティが登場しました。

フラタニティでは何を行なっているかというと、映画の中でも描かれていたようにパーティがほとんどです。
毎週のようにパーティを行い、メンバーの絆を深めています。

しかしそれ以外にもボランティア活動や地域とのコミュニティ活動なども行なっています。

日本にはないアメリカ独特の文化である社交クラブ。
アメリカの大学を描いた映画を見る時は、社交クラブの存在を知っているとより映画を楽しめると思います。

格差のあるフラタニティ

アメリカの大学生活で重要なことの1つでる「社交クラブ」。
しかしこの社交クラブが時に、重大な問題となってしまうのです。

『アニマル・ハウス』の中ではその社交クラブの問題の1つである格差について描いていました。

学内一のフラタニティである「オメガ」。
誰もが入りたいと思っているフラタニティですが、簡単に入ることはできません。
優秀な学生が多く、学内のリーダー的存在が入会しているのが「オメガ」の特徴です。
メンバーであることが将来有利になる、そんなフラタニティが「オメガ」でした。

一方「デルタ」は、学内で最低と言われているフラタニティです。
成績は悪く、下品なフラタニティが「デルタ」です。
「男は怒らず黙って仕返し」というとんでもない格言があるほどです。

階級社会と言われるメリカでは、大学の時点でその階級を決める社交クラブが存在するのです。
だから、大学に入学すると1番優秀な社交クラブに入りたいと思う大学生も多いのです。

『アニマル・ハウス』の中では、大学内での扱いにも大きな差のある二つのフラタニティを取り上げ、最低と言われたフラタニテティメンバーの仕返しをコメディで描いていました。

まとめ

日本には無いアメリカならではの文化を描いた『アニマル・ハウス』。
フラタニティという存在を知っているとこの映画をより理解できると思います。

またフラタニティの存在が将来も繋がってくるととを知っていると、「オメガ」のメンバーと「デルタ」のメンバーが大きく違うこともわかってきます。

そして大学生の時点で同じ大学にいながらも、大きく差がついてしまっていることを『アニマル・ハウス』を見ていると知ることになると思います。

1962年という時代を舞台にしたことで古き良き時代を知ることもでき、またコメディ愛がなので楽しく見ることのできる映画ですが、視点を変えて見るとアメリカの階級社会の現実を知ることのできる作品でもあるのです。