NHK『偉人たちの健康診断』「東洋の魔女は夜に跳ぶ」あらすじと内容


1964年の開かれた東京オリンピック。日本は団体競技発の金メダルを東洋の魔女と呼ばれた女子バレーボールで獲得しました。いまでは考えられない練習を耐えた彼女たちを支えていたものは?今回は「東洋の魔女」の健康診断です。

「東洋の魔女は夜に跳ぶ」

1964年の東京オリンピックで、団体競技(球技)としては初の金メダルを日本にもたらしたバレーボール女子日本代表。

連日7時間に及ぶ猛練習で体得した回転レシーブを武器に世界を席巻し、東洋の魔女と賞賛された彼女たちの睡眠時間はわずか5時間!

いったいなぜそんなことができたのか。

実は彼女たちの運動の仕方には、睡眠の質を高める秘密が隠されていた!

魔女たちが悩まされた捻挫などのけがの後遺症の対処法も紹介する。

(出典:https://www4.nhk.or.jp/ijin-kenko/x/2019-09-26/10/33545/1800064/)

東洋の魔女


私の青春 東洋の魔女と呼ばれて

回転レシーブを武器に根性バレーで世界を制した東洋の魔女たち。
彼女たちは今では考えられない過酷な練習を行っていました。

彼女たちを率いた監督は「根性バレー」をモットーにしていました。
日紡貝塚の女子バレーボールチームは、正月以外は休みなしで1日6時間以上の練習を行います。

激しく過酷な練習でしたが、そのかいあって4年で構内のタイトルを全て制覇するほどの競合チームになりました。

そして1960年日紡貝塚の監督と選手をメインにした女子バレーボールの日本代表チームは国際大会に初めて出場しました。

当時2連覇していたソビエトのパワーに圧倒され負けてしまいますが、準優勝し日本に帰国します。
しかし監督は「優勝しなければ意味がない」という考えで、ここからさらに過酷な練習の日々が始まったのです。

監督の考えた秘策が回転レシーブ
これを習得するために1日7時間を超える練習を行っていたのでした。
そしてここから東洋の魔女たちの快進撃が始まるのです。

睡眠の質

あくまで日紡貝塚の社員だった彼女たちは、朝は仕事をし午後3時から練習を行いました。
7時間以上にわたる練習で彼女たちは睡眠不足に陥っていました。

しかしそんな彼女たちが辛い練習に耐えられたのは、睡眠の質がよかったかかもしれません。

平均睡眠時間5時間ほどの彼女たちでしたが、バレーボールという有酸素運動と無酸素運動の組み合わせのスポーツが睡眠の質をあげていました。

現代科学では有酸素運動と無酸素運動の組み合わせが睡眠の質をあげると言われています。
彼女たちは知らないうちに睡眠の質が高まり。しっかりと休息できていたのかもしれません。

さらに当時は練習中は水を飲まないのが普通でしたが、彼女たちはいつでも水分補給できました。
体育館の隅に給水器があ理、水はいつでも飲んでよかったのです。

そしておにぎりタイムと言われる休憩時間もありました。
これのよって低血糖を防ぐことができたので、辛く長い練習にも耐えられたのでした。

オリンピック金メダルまでの道のり


「東洋の魔女」論 (イースト新書)

1962年前回準優勝に終わった世界選手権に望んだ東洋の魔女たち。
宿敵ソ連を破り、優勝を果たしました。
この戦いが終わったらほとんどの選手が引退を考えていましたが、日本へ帰国するとバレーボールがオリンピックの正式種目になったことを知ります。

2年後の迫った東京オリンピック。
彼女たちはそこまで頑張ることを選んだのでした。

「勝手当たり前」「負けたらどうしよう」というプレッシャーの中、キャプテンがみんなに「練習量ではソ連に負けないから大丈夫」とみんなを鼓舞します。

この言葉で落ち着きを取り戻した東洋の魔女たちは、ソ連を倒し金メダルを手にしたのでした。

怖い捻挫

バレーボールにはつきもの捻挫。
東洋の魔女たちも練習中に捻挫をしますが、自分でテーピングをして練習に戻ります。

当時チーム内では捻挫は怪我のうちに入らないと思われていました。

しかし捻挫は侮ってはいけないのです。
一度伸びてしまった靭帯は二度と戻ることはありません。
元に戻すには手術しかないのです。

ほっておくと癖になり、ますます悪化してしまう捻挫。
実際今回東洋の魔女の一人として活躍した方の体を健康診断すると。足首はゆるくなり膝の外側の半月板はすり減っていました。

彼女は引退後もバレーボールをやっていたので、運動により鍛えられていましたが、何もしないと悪化する恐れがあります。

一度伸びた靭帯を補うためには足首のトレーニングが必要なのです。

捻挫は一度は誰でも経験があると思いますが、ほっておくと危険なので適切な処置が必要なのです。

 

今では考えられない練習で、金メダルを勝ち取った女子バレーボールチーム。
「チームワークで勝ち取った」とご本人たちが口を揃えて言うように、みんなが同じ方向に向いていたから優勝できたのでしょう。

2020年の東京オリピックまでもう少し。
色んなスポーツで多くの日本人が活躍するのを期待したいです。