NHK『偉人たちの健康診断』樋口一葉 上手につきあえ!頭痛と肩こり


5千円札の樋口一葉。女性作家の第1号とも言える彼女でしたが、実は頭痛と肩こりに悩まされていたのでした。24歳の短い生涯を送った樋口一葉の体はどんな状態だったのでしょうか?

 

樋口一葉 上手につきあえ!頭痛と肩こり

五千円札でおなじみの樋口一葉。

彼女が残した日記に詳細に書かれた「頭痛」の記述をもとに、現代医学でその原因を徹底究明。

天気、部屋の状況、枕の高さなど疑わしいものが次々と浮かび上がってきた。

現代のような鎮痛剤もなかった当時、一葉はどのように頭痛や肩こりと向き合ったのか?

上手につきあうためのヒントを探る。

さらに「たけくらべ」などの名作を生む原動力となった一葉の「妄想力」が持つパワーにも迫る。

(出典:https://www4.nhk.or.jp/ijin-kenko/x/2019-05-02/10/23767/1800016/)

樋口一葉

明治5年東京に生まれた樋口一葉。
父親は役人でした。

一葉は子供の頃から読書が大好きで小学校に通いますが、母親は女性には教養は必要ではないと言う考えで、小学校以降は学校には通っていませんでした。

17歳の時に父親を亡くし、そこから一葉の貧しい生活が始まります。
家族で内職をしならがなんとか生活を送っていました。

ある時一葉は友人から小説を書いて原稿料を得たという話を聞きます。
読書が大好きな一葉は、小説を書いてみたいと思い作家になる決意をします。

しかしこの時代の女性が作家活動だけで暮らしている人はおらず、無謀な決断とも言えました。

一葉は半井桃水に小説の書き方を指導してもらい、作家として活動を始めます。
そして彼女はデビュー作となる短編「闇桜」を書いたのでした。

頭痛に悩まされる一葉

一葉は16歳の頃から日記をつけ始め、その日記には彼女が頭痛に悩まされていたことが書かれていました。

1.天気の不安定な日
2.起きていられないほどの頭痛
3.数日続く頭痛

これらのことから一葉は偏頭痛持ちだったと考えられます。

水で頭を洗いハチマキをして小説を書いていたという一様。
偏頭痛は血管の拡張によって痛みが発生するので、一葉は知らずに血管を縮小させる方法をとっていたのでした。

かなりの肩こり

一葉は頭痛以外にも肩こりにも悩んでいました。
家族や友人の証言から彼女の背中や肩はかなり硬かったようです。

極度の近視であり、写真から見ても猫背やなで肩とわかる彼女の背中にかかる負担はかなり大きかったはずです。

髪型から彼女は箱枕を使用していたと考えられ箱枕は顎を前に出してしまうので、それもまた肩こりの原因の1つと思われます。

さらに時代の変化によるストレスも大きな要因の1つでした。
明治になって時代の変化が訪れ、生活のペースも変わります。
そして時間も西洋時間が導入されたことで、今までゆっくり生きていた日本人にとっては大きなストレスとなっていました。

そんな心因的な要素も肩こりに繋がりました

奇跡の14ヶ月

頭痛や肩こりに悩まされていた一葉でしたが、奇跡の14ヶ月と言われる時期がありました。
その時期に彼女は立て続けに小説を出版します。
「大つごもり」「にごりえ」「十三夜」「たけくらべ」など。

そして彼女は女性作家として有名になり、小説だけでで暮らせるようになったのでした。

この時期彼女がこんなにたくさん小説をかけたのには理由がありました。

1つは半井桃水に恋心を抱いていたことです。
半井桃水との関係が彼女の創作意欲を沸き立てました。

さらにウィンドショッピングが大好きだった一葉。
ウィンドショッピングで五感を高めたことが小説にも繋がったと考えられています。

短い一生

やっと成功を手にした一葉でしたが、肺結核に侵されてしまいます。
肺結核は免疫力が強いと発症せずにすむのですが、一葉は発症してしまいます。

肩こりや頭痛に悩まされていた彼女にとっては、強い痛みがストレスになっていました。
ストレスは免疫力低下の原因にもなりますので、肩こりによって肺結核になった可能性もあるのかもしれません。

結局樋口一葉は明治29年24歳で亡くなってしまいました。

短い一生となってしまいましたが、女性作家の第1号でありその功績が5千円札に繋がっているのです。