映画『羅生門』あらすじと解説 3人の証言と真実は?『羅生門』の伝えたかったことは?


黒澤明監督の『羅生門』。日本映画として初めてヴェネツィア国際映画祭やアカデミー賞で賞を受賞した作品で、日本映画を海外に広めた作品でもあります。1950年公開の映画ですが、そこには現代の私たちにもある人間のエゴがリアルの描かれてしました。

『羅生門』作品情報

タイトル 羅生門
監督 黒澤明
公開 1950年8月26日
製作国 日本
時間 1時間28分

Rotten Tomatoes

『羅生門』あらすじ


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平安時代、都にほど近い山中で貴族女性が山賊に襲われ、供回りの侍が殺された。

やがて盗賊は捕われ裁判となるが、山賊と貴族女性の言い分は真っ向から対立する。

検非違使は巫女の口寄せによって侍の霊を呼び出し証言を得ようとする、それもまた二人の言い分とは異なっていた……。

(出典:https://eiga.com/movie/31376/)

山へ薪を切りに行った男は、その途中で武士の死体を発見します。
すぐに役人に届け出た男。

それから3日後。
検非違使の呼び出された男は、死体を見つけた時の話をします。

その検非違使では盗賊の多襄丸、多襄丸に襲われた女性、さらには死んだ武士の男が巫女を通して3日前に起こった事件をそれぞれが語り始めます。

しかし3人の証言はどれも食い違っていたのでした。

映画『羅生門』の原作は?

『羅生門』と聞くと芥川龍之介の小説「羅生門」を思い出す人がほとんどです。

映画『羅生門』はこの芥川龍之介の「羅生門」と「藪の中」を合わせた作品となっています。

盗賊の男と襲われた女性、死んだ武士の3人の証言が食い違う話は、「藪の中」をもとにしています。
3人の証言が食い違い真実はわからない。

小説では一部始終を見ていたとされる4人目の男の証言も真実かどうか分からないように表現されています。

映画の終わりで羅生門の下にいた男たちが赤ん坊を見つけて、赤ん坊の着ぐるみを剥いでしまう展開は、「羅生門」がもとになっています。

「羅生門」では人間が生きるために行うエゴ、そしてそれを正当化する言葉を描いています。

この2つの物語を合わせたものが映画『羅生門』で、自分を正当化するためについた3人の嘘、それは全て自分勝手な考え方で人間は自分本意な生き物だということを描いていました。

真実はどれなのか?

出典:IMDb

3日前に起こった事件。
それぞれの関係者が証言をしますが、3人の証言は全て違います。

盗賊が嘘をつくのはわかりますが、襲われた女性も殺された武士さえ嘘をついているのです。

3人は3人とも自分は悪くない。
または自分の凄さをアピールしています。

この話を聞いていた羅生門にいた男は「人間というものは自分に都合の悪いことは忘れてしまう。都合のいい嘘を本当と思ってしまう、それが楽だから」と言い切ります。

この男の言ったこの言葉こそが、この映画で語られていたことだと思います。

みんな自分勝手で自分が1番でそのためなら、嘘ですら正当化してしまう。
それが3人の証言を通して描かれていました。

では4人目の男が言ったことは真実なのでしょうか?
ここまで全員が嘘をついているとすると、この男の言葉も真実かどうかは分かりません。

黒澤監督に人を信じることができるかどうかということを試されている様な気がします。

4人目の男の言うことは真実でしょう。
なぜなら自分が盗みを働いたことを隠していたからです。

この男も自分勝手に嘘をついていたのです。
でもそれを見破られて男は、変わったのではないでしょうか?

ラストをどう考える?

出典:IMDb

最後男は子供が6人いるから7人育てるのも同じだと言って、子供を連れて行きました。

この男は本当に赤ん坊を育てるでしょうか?
その答えはわかりません。

その先は私たちが感じるだけです。

お坊さんのように「人を信じて行くことができる」のかどうか?
それは私たち次第だと感じました。

人間は自分勝手な生き物だけど、それでも人間の素晴らしさを信じたいので、男は立派に赤ん坊を育てたと信じています。

まとめ

世界的に有名な作品『羅生門』。

日本時であれば一度は見ておいたほうがいい作品の1つでもあります。

巨匠黒澤明監督が『羅生門』に込めた、人間の本当の姿について考える機会にもなる作品です。

 

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