1987年に韓国で起きた民主化運動を描いた映画『1987、ある闘いの真実』


チョン・ドファン政権下で軍や警察が権力を強めた韓国では報道規制まで敷かれ、国民の自由は奪われつつありました。そんな中1987年、学生運動で逮捕された大学生の不可解な死をきっかけに民主化運動が広がり始めます。国家の真実を暴くために多くの人が立ち上がった物語それが『1987、ある闘いの真実』です。

『1987、ある闘いの真実』作品情報


1987、ある闘いの真実 (字幕版)

タイトル1987、ある闘いの真実(1987)
監督チャン・ジュナン
公開2018年9月8日
製作国韓国
時間2時間9分

チョン・ドゥファン政権

1980年に韓国の第11代大統領に就任したチョン・ドファン

彼は陸軍少将だった1979年にクーデターを起こし実質的に実権を握り、軍による統治を始めます。

1980年にはチョン・ドファンらに対する反政府運動が光州で起こりますが、軍によってすぐに制圧されその時に多くの民間人が亡くなってしまいました。

これが『1987、ある闘いの真実』の中でも触れられている光州事件です。

その後1980年9月に大統領に就任したチョン・ドファンは、軍事政権を強化しマスコミに対しては報道規制を敷き国民の民主化の動きを厳しく取り締まり、政権批判をすることは許されませんでした。

そんなチョン・ドゥファン政権下の1987年1月、学生運動に参加していたソウル大学の青年が逮捕され亡くなってしまいます。

政府は隠蔽に動きますが、この事件をきっかけに学生運動が活発化し始めました。

医師・検事・新聞記者・保安係長がそれぞれの仕事を全うし、民主化の流れが起こり始めようとしていました。

しかしチョン・ドゥファンは3期目の大統領の座を狙って、大統領選を間接選挙とすることを5月に発表します。

これが逆に国民の怒りに触れると同時ににソウル大学生の死の真相が暴かれ、1987年の6月の大規模な民主化運動につながっていきました

結局大統領選は直接選挙となり、チョン・ドファン政権は1988年2月で終わりを向けることになります。

1987年6月民主運動

1980年の光州事件をきっかけに、政府を批判するものに対する取り締まりは強化されていきます。

『1987、ある闘いの真実』の冒頭でも描かれているように、政府は新聞やメディアの情報を規制しテレビでは「反政府勢力は危険だ」というニュースが連日流されていました。

反政府の運動家たちは北のスパイとされ、街中では警察官たちによる市民の検問も行われていました。

もちろん彼らには言論の自由はありませんでした。

権力によって抑えられていた1987年当時の韓国でしたが、民主化の運動家たちは影を潜めながら活動を行い政府を転覆させる時期を狙っていたのです。

また同時期に学生たちによる学生運動も行われていました。

その中で1987年1月にソウル大学生の拷問死という事件が怒ります。

これをきっかけに真実を暴くために多くの人が危険を顧みずに立ち上がったのです。

そしてその動きは一般市民にも伝わっていきます。

大統領選の直接選挙を求めるデモなどが韓国の主要都市でおこり、その運動は20日間続いたと言われています。

映画の中でも描かれているようにデモの最中に警察の催涙弾があたり、大学生が瀕死の状態に陥ってしまいます。

この事件がニュースで報道されるとさらに、国民の怒りや政府に対する反感は強まりさらに多くの人がデモに参加するようにしました。

国民の動きを受け6月29日に政府は6・29宣言を発表します。

その中には大統領選戦の直接選挙や言論の自由などが含まれていました。

韓国にとって1987年は国民が政府と戦い勝利を遂げた年でもあったのです。

まとめ

韓国で起こった民主化運動を描いた映画『1987、ある闘いの真実』。

独裁政権を倒したのは1人の英雄ではなく、多くの市民たちでした。

市民それぞれが自分の仕事を全うし正義を持って行動したことで、思いもよらない連鎖が生まれやがてそれは全国民を動かすまでの流れとなっていきました。

運動家達だけでなく韓国人全員の戦いが1987年に起きていたのでした。