映画で学ぶ歴史 ルワンダで起きたジェノサイドを学べる作品


1994年4月6日に起きたルワンダでの民族虐殺(ジェノサイド)。これは7月まで続き、ルワンダに住むツチ族80万人が、フツ族の過激派民兵などによって殺されてしまいました。ここでは当時ルワンダで何が起きていたのか、ルワンダで起きたジェノサイドについて学べる映画を2本紹介します。

ルワンダのジェノサイドについて学べる映画

映画『ホテル・ルワンダ』


ホテル・ルワンダ [Blu-ray]

タイトルホテル・ルワンダ(Hotel Rwanda)
監督テリー・ジョージ
公開2006年1月14日
製作国南アフリカ共和国/イギリス/イタリア/アメリカ
時間2時間1分

映画『ホテル・ルワンダ』の詳細についてはこちら>>>

映画『ルワンダの涙』


ルワンダの涙 [DVD]

タイトルルワンダの涙(Shooting Dogs)
監督マイケル・ケイトン=ジョーンズ
公開2007年1月27日
製作国イギリス/ドイツ
時間1時間55分

映画『ルワンダの涙』の詳細についてはこちら>>>

1994年4月のルワンダ

映画『ホテル・ルワンダ』も映画『ルワンダの涙』どちらの作品も1994年4月6日の数日前から物語は始まります。

いつものように仕事に向かう人々、いつものように学校に行く子供達、そんな彼らの日常が映し出されます。

しかし1994年4月6日、ルワンダの大統領が乗った飛行機が撃墜されてしまいます

これによりその夜から、ルワンダでの虐殺が始まったのです。

長年に渡りルワンダ国内ではフツ族とツチ族の内戦が続いていました。

フツ族の大統領は内戦を終わらせるためにツチ族側と和平協定を結びますが、その大統領の乗った飛行機が何者かによって撃墜されてしまいます。

フツ族の過激派たちはこの撃墜の犯人をツチ族だとし、ツチ族の殺害を開始したのです。

撃墜の犯人は分かっていません。

フツ族はツチ族と決めつけましたが、黒幕は大統領の側近だという説もあるほどです。

飛行機撃墜後、家にいたツチ族に融和的だった首相も殺され、さらには首相の警護に当たっていた国連軍も殺されてしまいます。

そしてその後ツチ族の根絶が始まりました。

生き延びた人々

映画『ホテル・ルワンダ』も映画『ルワンダの涙』もどちらもルワンダで当時起きていた事実をもとに作られた映画です。

映画『ホテル・ルワンダ』はフツ族のポール・ルセサバギナ氏が、虐殺から逃げてきたツチ族の人や、ツチ族を助けたことで狙われるフツ族の人をホテルにかくまいます。

彼らがホテルから脱出するまでの間を描いた物語が映画『ホテル・ルワンダ』です。

一方、映画『ルワンダの涙』は、技術学校で起きたことを描いています。

国連軍の基地となっていた学校にも多くのツチ族の人が逃げてきました。

国連軍が反対しても、神父さんは彼らを学校内に入れ助けます。

そんな学校の中と学校の周囲で起きていたことを描いた作品が映画『ルワンダの涙』です。

映画『ルワンダの涙』には、このルワンダ虐殺で生き残った人たちがスタッフとして加わっています。

その中には技術学校で生き延びた人もいました。

映画『ルワンダの涙』は、実際にジェノサイドを経験した人たちが作った物語でもあります。

 

平和維持軍

技術学校が国連平和維持軍の基地であり、ポール・ルセサバギナ氏達のいたミル・コリン・ホテルが民兵によって襲われそうになると、平和維持軍がやってきて入口を塞ぎます。

彼らは武器を片手にルワンダの人を守ろうとしますが、実際彼らは武器をルワンダ国民のために使うことはありませんでした。

平和維持軍は自衛以外での武器の使用が認められていませんでした。

どちらの作品でも彼らは「武器は使用できない」「平和を監視するだけだ」と言います。

この時平和維持軍は自分たちの目の前でツチ族の人が、フツ族の人に殺されても何もできなかったのです。

もちろん彼らは国連本部にルワンダの現状を伝えています。

映画『ホテル・ルワンダ』に出てくるオリバー大佐のモデルである、ロメオ・ダレールはルワンダの状況を本部に伝えていますし、「許可があれば虐殺を止められる」と上に言いました。

しかし現場に彼らのもとに返ってきたのは「介入しない」という答えでした。

また映画『ルワンダの涙』では、学校内にいるヨーロッパ人をフランス軍が助けにやってきます。

しかし彼らトラックに乗せたのは白人だけでした。

当時フランスはルワンダ政府を援助していました。

実際彼らの送った資金や武器が、虐殺に使用されていたのです。

また両方の映画に出てくる「ジェノサイド」という言葉について説明するアメリカの報道官。

『ホテル・ルワンダ』では音声が、『ルワンダの涙』では実際の映像が使用されています。

アメリカは直前のソマリアでの米軍の死亡もあって、ルワンダに介入したくありませんでした。

そのため「ジェノサイド」という言葉を使用せず、介入を遅らせようとしていました。

そんな国際社会が自国のことばかり考えている間にも、ルワンダでは多くの人が殺されていたのです。


ジェノサイドの丘〈新装版〉―ルワンダ虐殺の隠された真実

まとめ

ルワンダでの民族虐殺について知ることができる映画『ホテル・ルワンダ』と『ルワンダの涙』。

この2本を見ると当時ルワンダ国内で何が起きていたのかを知ることができます。

それと同時に国際社会がどんな態度をとっていたのかも分かります。

「遠い国で起きたこ出来事」では済まされない、恐ろしい事実が描かれています。

そしてそれは、自分と違うものに属する人を敵とし、さらにラジオを使って敵を絶滅させるように呼びかけたという、どこか今の世の中と似ていと痛感させられます。

過去の他国の出来事で終わらせてはいけないということを、この2本の作品を見ると感じるはずです。