映画『サウンド・オブ・メタル -聞こえるということ-』「音」に溢れた世界から「静寂」へ


メタルバンドのドラマーが突然聴覚を失ってしまったら。そんな音のない世界を映画いた作品『サウンド・オブ・メタル -聞こえるということ-』。「音」がありすぐるくらいの日常から、全く「音」のない世界に足を踏み入れることになってしまった主人公。彼は静寂の中で何を感じどうするのか?その答えは映画のラストシーンに込められている。

『サウンド・オブ・メタル -聞こえるということ-』作品情報


サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~

タイトル サウンド・オブ・メタル -聞こえるということ-(Sound of Metal)
監督 ダリウス・マーダー
公開 2020年12月4日
製作国 アメリカ
時間 2時間

Rotten Tomatoes

あらすじ

ドラマーのルーベンは恋人ルーとロックバンドを組み、トレーラーハウスでアメリカ各地を巡りながらライブに明け暮れる日々を送っていた。

しかしある日、ルーベンの耳がほとんど聞こえなくなってしまう。

医師から回復の見込みはないと告げられた彼は自暴自棄に陥るが、ルーに勧められ、ろう者の支援コミュニティへの参加を決意する

(出典:https://eiga.com/movie/94246/)

「音」=「情報」

「音」がある当たり前の生活。
だからこそ聞こえることが当たり前の私たちは、そのことに感謝をしない。
聞こえることは当たり前でそれが自分の日常だから。

そんな日常生活を送るうちに、気がつけば普通の音を忘れてしまっている。
生活の音や自然の音。
それを忘れて、その音に耳を傾けず、違う音ばかりを聞いてしまう。

音楽・テレビ・ラジオなど。
私たちが意識して聞くのは造られた音ばかりだ。

生活の中に音は溢れすぎている。
そしてそれが当たり前。
でもその状況は大切な「音」を私たちから奪ってしまう。

この映画の中で描かれる「音」は「情報」だ。
耳が聞こえなくなったルーベンは、恋人のことを知るためにネットで検索する。
するとすぐに恋人の情報は目に入ってきた。

知らなくていいことまで手に入る現在。
情報を求める私たち。
でも情報に囚われすぎていると、何かを忘れてしまうし失ってしまう。

そのことにルーベンは再び聴覚を手にしてから気がついた。
本当に自分がしなくてはいけないこと。
敢えて自分から「無音」に飛び込むことで、ルーベンはそのことを知ったのだ。

静寂の中で

都会に住んでいると「静かな所に行きたい」と思うことがある。
しかし実際に静かな場所に行くと、だんだん飽きてしまう。
なぜなら静かなことに慣れていないからだ。

静かな場所で自分が何をしたらいいか分からないからだ。
普段の生活の雑音が恋しくなってしまうこともある。

ルーベンが聴覚を失い苦しむのを見て、施設のジョーは「部屋の中でじっと座っていなさい」と言う。
「それができなければ紙に何でもいいから書きなさい」と伝えた。
ジョーは苦しむルーベンに自分と向き合うことを教えようとしていた。

音が聞こえることで敢えて耳を塞いで聞こうとしない音。
それは心の中の自分の声だ。

うるさい日常生活の中で気がつけば、私たちは自分の心の声を聞くことを忘れてしまっている。
外からの音(情報)ばかりを求めて、1番身近にある音をきかなくなってしまった。

ときには敢えて耳を塞ぐこともある。
そしてその声をかき消すために、もっと大きな外の音を求めてしまう。

目まぐるしく動く時代。
止まっていることを許してもらえない時代の中で、私たちは静寂を忘れた。
自分と向き合うことを忘れてしまった。

「静寂」こそが心の平穏を得られる場所なのに。

この『サウンド・オブ・メタル -聞こえるということ-』は私たちの忘れてしまった「静寂」を呼び戻してくれる静かな映画でもある。

まとめ

「音」が溢れてしまった日常。

それは「静寂」を奪い心の平穏さえも奪ってしまう。

必要ない音で溢れている現代・必要ない音を求める現代人に、「静けさ」を取り戻してくれる映画、それが『『サウンド・オブ・メタル -聞こえるということ-』。

静かな場所で自分の心の声を聞き自分に寄り添うことこそが、どんな情報よりも私たちに1番必要なことなのだ。