映画『ゼロ・ダーク・サーティ』アルカイダと戦い続けた女性CIA分析官の8年間


2001年9月11日、アメリカで起きた同時多発テロ。CIAは首謀者とされるビン・ラディンを追い続けていました。1人の女性分析官が2003年にパキスタンの支局に派遣されてから8年間。諦めずに追い続けた努力が2011年5月2日に報われます。彼女が過ごした8年間。そしてどうやってビン・ラーディンにたどり着いたのか。『ゼロ・ダーク・サーティ』ではその一部始終を知ることができます。

『ゼロ・ダーク・サーティ』作品情報


ゼロ・ダーク・サーティ [Blu-ray]

タイトル ゼロ・ダーク・サーティ( Zero Dark Thirty)
監督 キャスリン・ビグロー
公開 2013年2月15日
製作国 アメリカ
時間 2時間37分

Rotten Tomatoes

あらすじ

巨額の予算をつぎ込みながらも一向にビンラディンの行方を掴めずにいたCIA。

そんな手詰まり感の漂うビンラディン追跡チームに、情報収集と分析能力を買われたまだ20代半ばの小柄な女性分析官マヤが抜擢される。

さっそくCIAのパキスタン支局へ飛んだ彼女だったが、取り調べの過酷な現実に戸惑いを見せる。

そんなマヤの奮闘もむなしく捜査は依然困難を極め、その間にもアルカイダによるテロで多くの命が失われていく。

そしてついに、マヤの同僚ジェシカがテロの犠牲になってしまう。

以来、個人的な感情にも突き動かされ、これまで以上にビンラディン追跡に執念を燃やしていくマヤだったが…。

(出典:https://www.allcinema.net/cinema/344170)

アカデミー賞受賞
・音響編集賞

苦悩の8年

優秀なCIA分析官マヤがパキスタン支局に配属になったのは2003年でした。
同時多発テロから2年。

CIAはアルカイダのリーダーであるビン・ラディンを追い続けていました。
2003年にはアルカイダの幹部とされるハリドが逮捕されています。
このことは映画の中でもCIA分析官の会話の中で描かれています。

しかしそれ以外ほほとんど発展がありませんでした。
そんな中、ビン・ラディンの連絡係だった男の名前を入手します

そしてそこからマヤの苦悩の8年間が始まりました

正体の分からない謎の連絡係。
死んだとも言われていた男をずっと追い続け、7年目にしてやっと男の居場所をつきとめます。

その間の2005年にはCIAはアルカイダのNo.3と言われるアブファラジ・リビを逮捕していましたが、ビン・ラディンの情報は得られませんでした。

マヤは同僚とともにアブ・アフメド・アルクウェイテを監視し続けます。
そしてやっとパキスタンのアボタバードにある1つの建物にたどり着いたのでした。

しかしこれで終わりではありません。
命を狙われアメリカに戻ってからは、この要塞の監視が続きます。

2011年5月1日の夜に作戦が開始されるまで、マヤの戦いは続きました。
2011年5月2日の未明に、ビン・ラディンに遺体を確認して初めて彼女の戦いは終わったのでした。

突入作戦

ビン・ラディンが隠れているとされる家ビン・ラディンに突入したのは、2011年5月1日の夜。

この作戦は実際は「ネプチューン・スピア」と呼ばれました。
この中でビン・ラディンは「ジェロニモ」というコードネームで呼ばれています。
映画の中でのラストで「ジェロニモ確保」というセリフがあります。

パキスタ政府に知らせずにアメリカ単独で行われたこの作戦。
ステルス性のブラックホークと呼ばれるヘリコプーターに乗り込み、パキスタン政府に気がつかれないようにビン・ラディンが隠れているとされる家に向かいました。

映画の中ではこのヘリコプーター2機だけでしたたが、チヌークも2機出動していました。
ブラックホークの1機が不時着したため、チヌークが代わりにシールズ隊員救出のために現場に向かっています。

ちなみにブラックホークが保管されていたのは、ネバダ州のエリア51でした。

そして、2011年5月2日の未明にシールズ隊員により、ビン・ラディンは射殺されました。

この様子はホワイトハウスにも中継されており、当時のオバマ大統領などもこの作戦を見守っていまし。

まとめ

同時多発テロの首謀者であるビン・ラディンを殺害するまでの8年間を描いた『ゼロ・ダーク・サーティ』。

パキスタンでマヤがどんな状況下におかれていたのかを、この映画で知ることができました。

仲間も失っても戦い続ける1人のCIA分析官。

彼女の孤独の戦いを見ることができるのが『ゼロ・ダーク・サーティ』でもありました。