映画『赤い河』で見る西部開拓時代のカウボーイのルート チザム交易路


1865年テキサスからカンザスを目指したカウボーイと牛の大移動。『赤い河』ではその大変さが描かれています。彼らが通ったルートを見ながら、西部開拓時代のアメリカを調べてみます。

『赤い河』作品情報


赤い河 [Blu-ray]

タイトル 赤い河(Red River )
監督 ハワード・ホークス
公開 1951年12月21日
製作国 アメリカ
時間 2時間13分

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『赤い河』あらすじ

南部に広大な牧場を持つダンスンは、養子のマシュウらと共に、東部へのビッグ・トレイルを敢行した。

だが、道は険しく、ダンスンのいらだちは次第に募っていく。

やがて、レッド・リバーのほとりにさしかかったとき、牧童の三人が逃亡するという事件が起こった。

厳しい処置をとろうとするダンスンに対して、マシュウは牧童の味方をし、ダンスンを脅してその場に置き去りにする。

怒りに燃えたダンスンは、マシュウを殺すことを誓うが……。

(出典:http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=446)

チザム交易路

テキサスでは牛肉市場が無く牛が売れないため、需要のあるミズリーを目指すことにしたダンスン。

1万頭の牛を連れて川を越え、さらにインディアンの攻撃に警戒しながら1600kmの大移動でした。
危険な旅でしたが、お金を得るためにカウボーイ達には必要な移動でもあったのです。

YOKO
テキサスから鉄道の通っているミズリーやカンザスなどを目指すルートを「チザム交易路」(「チザムトレール」「ロングドライブ」)と言います

『赤い河』の中でダンスンはミズリーを目指していましたが、カンザスのアビリーンに鉄道が通っていることを知ったマットはダンスンを置き去りにし、仲間とともにアビリーンを目指しました。

彼らが通ったルートはこんな感じです。

最大の難関がレッド・リバーを超えることでした。
テキサス州とオクラホマ州の州境にあるレッド・リバー。

約1万頭もの牛を連れてこの川を超えることは、とても大変なことだったのです。
それでもマットは4時間で牛に川を渡らせました。
「40頭は減った」と言っていましたが、それは上出来な方だったのです。

そしてマットたちは無事にアビリーンに到着しました。
史実を基にして作られた『赤い河』。
映画の中で説明されるように、彼らはチザム交易路で牛の大移動を初めてやってのけたのでした。


Red River: Blazing Guns on the Chisholm Trail

コマンチ族

マット達がアビリーンを目指すな中で、レッド・リバー越え以外に気を使ったのがインディアンによる襲撃でした。

実際マット達はコマンチ族と戦うことになります。
彼らは南部を制圧していた部族でもありました。
アメリカに移住してきたスペイン人が馬を持ち込んだ時、スペイン人から馬を得たことで一大騎馬民族となりました。

テキサスで略奪を繰り返しながら勢力を強めていった彼らは、南部を制圧するほどの大きな部族となりました。

自分たちの土地を奪おうとする白人達と戦っていたのでもありました。

元々テキサスにはスペインの入植者がやってきました。
映画の冒頭でダンスンが、リオグランデにたどり着いた時、土地の所有者というディエゴの部下がやってきます。

のこ時彼らは「スペインの王から譲り受けた」と言います。
このスペインとは入植者のことを指していたのです。
しかしダンスンは「インディアンから取り上げたんだろ」と言います。

テキサスにやってきた入植者達はインディアンから土地を奪いました。
この短い会話の中には開拓時代の歴史が語られていたのです。

学びポイント

カウボーイ達の過酷な旅を描いた『赤い河』はを見ると、カウボーイの通ったチザム交易路について知ることができます。

牛を連れてテキサスから移動することが、当時どんなに大変っだたかが分かります。

牛の群れを連れての大移動だけでも大変なのに、インディアンとの戦いもあり命がけの旅でもありました。

しかし当時の南部に住んでいた人にとっては、お金を得るためにはこれしかなかったのかもしれません。
鉄道が通っている街にさえ行けば牛も高く売れたのです。

『赤い河』はカウボーイ達の生活やインディアン達の勢力など、西武開拓時代の人達の暮らしを学ぶことができます。