カルト映画『 ダーク・スター』がその後の映画作品にもたらした影響


ジョン・カーペンター監督の初の長編映画作品『ダーク・スター』。低予算で作られたSF映画ですがこの作品の人脈がその後の映画作品に大きな影響を与えることになりました。ここではそんな『ダーク・スター』に関わったスタッフについて見ていきたいと思います。

『 ダーク・スター』作品情報


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タイトルダーク・スター(Dark Star)
監督ジョン・カーペンター
公開1974年4月(アメリカ)1981年5月17日(日本)
製作国アメリカ
時間1時間23分

製作スタッフ

ジョン・カーペンター

ジョン・カーペンター監督の初の長編映画作品となる『ダーク・スター』は、南カリフォルニア大学の友人を集めて作成した作品です。

6万ドルという超低予算で作られた作品は、ワープシーンやシールドなどチープ感が溢れています。

特に劇中に登場するエイリアンは明らかにビーチボールを使用していることが分かるクオリティでした。

このビーチボールのエイリアンが『ダーク・スター』がカルト映画とされている理由の1つもであります。

それでもこの作品には後に『ハロウィン』や『遊星からの物体X』を手がけるジョン・カーペンターの才能を垣間見ることができます。

ジョン・カーペンターはなんでも自分でやる監督ですが、それは初監督作品となる『ダーク・スター』でも同じでした。

彼はこの作品で監督だけでなく脚本や音楽も手がけています。

宇宙船の中で逃げるエイリアンを追いかけるシーンで使用されている音楽はどこか緊張感を生み、それは『ハロウィン』で使用された音楽とのつながりを感じるようになっていました。


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ダン・オバノン

ジョン・カーペンターと同じ南カリフォルニア大学に通っていたダン・オバノンはカーペンターに声をかけられ『ダーク・スター』の製作に携わります。

彼は脚本・特殊効果・編集さらには宇宙船の乗組員の1人ピンバックを演じています。

ちなみに『ダーク・スター』にメインスタッフとして携わったダン・オバノンは、カーペンターに共同監督としてクレジットして欲しいとお願いしますが、カーペンターがこれを断ったために2人の仲は悪くなったと言われています。

元々SF映画が大好きだったダン・オバノンは『ダーク・スター』を作った後、もっとホラー要素の強いSF映画を作りたいと考え脚本に取り掛かります。

それがのちの『エイリアン』になるのです。


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『ダーク・スター』という作品がもたらした繋がり

B級感満載の『ダーク・スター』ですが、それなりに作品として認められ監督のジョン・カーペンターは『ジョン・カーペンターの要塞警察』を作ることになります。

後に『エイリアン』となる脚本を書いていたダン・オバノンの元にはアレハンドロ・ホドロフスキー監督から電話がかかってきます。

ホドロフスキー監督は『ダーク・スター』の大ファンで、ダン・オバノンに製作中の『デューン』の特殊効果を依頼したのです。

残念ながらホドロフスキー監督の『デューン』は作品として完成しませんでしたが、『デューン』の製作中にダン・オバノンはH・R・ギーガーと出会うことになります。


ホドロフスキーのDUNE(字幕版)

そしてその出会いは『エイリアン』に繋がっていくのです。

その『エイリアン』はリドリー・スコットが監督を務めることになります。

リドリー・スコットもまた『ダーク・スター』という作品が好きですでにダン・オバノンの存在を知っていました。

『エイリアン』の監督を引き受けたリドリー・スコットでしたが、その世界観を作り出すのに悩んでいました。

そんな時ダン・オバノンからH・R・ギーガーの本を見せられたリドリー・スコットはその絵に衝撃を受け、デザインを彼に任せることを決めたのです。


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『エイリアン』に携わったスタッフを考えると、『ダーク・スター』という作品は『エイリアン』という作品の成功に大きく関わっていたことになるのです。

>>>映画『エイリアン』についてはこちら

まとめ

今ではファンの間でカルト映画となっている『ダーク・スター』ですが、当時からその作品の魅力はある一定の人たちには届いていました。

そしてそれが人脈を生み出し、SFホラー映画『エイリアン』の誕生につながったのです。

『ダーク・スター』という作品がなければ、その後のSF映画やSFホラー映画の世界は変わっていたといえるのかもしれません。

参考資料:
エイリアン・コンプリートブック
・Netflix『ボクらを作った映画たち』