映画『ボヘミアン・ラプソディ』「クイーン」を通してみるフレディ・マーキュリーの生き様


世界中から愛される伝説のバンド「クイーン」。ボーカルのフレディ亡き後も、形を変えて活動を続けるクイーン。そんな伝説的バンドのボーカルを務めたフレディ・マーキュリー。彼が仲間とともにクイーンを作り、そして世界中で人気バンドとなっていく様子を描いたのが映画『ボヘミアン・ラプソディ』です。クイーンの大ヒット曲とともにフレディの生き様が蘇ります。

『ボヘミアン・ラプソディ』作品情報


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タイトル ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody
監督 ブライアン・シンガー
公開 2018年11月9日
製作国 アメリカ/イギリス
時間 2時間14分

Rotten Tomatoes

アカデミー賞受賞
・主演男優賞:ラミ・マレック
・編集賞
・録音賞
・音響編集賞

あらすじ

(引用:MIHOシネマ

クイーン

1970年ごろ「スマイル」とバンドを組んでいた活動していたギターのブライアン・メイとドラムのロジャー・テイラー
ティムというボーカルが脱退し、そこにフレディ・マーキュリーが加わります。
この頃から「クイーン」として活動していましたが、その後ベースのジョン・ディーコンが加わり正式にフレディ・ブラアン・ロジャー・ジムの4人がクイーンのメンバーとなりロックバンドとして活動を行うようになりました。

その後レコード会社EMIと契約し、メジャーデビューを果たすことになります。
映画に登場するエルトン・ジョンのマネージャーのジョン・リード。
彼は1975年〜1978年の間、クイーンのマネージャーを担当しました。

3枚目のアルバム「Sheer Heart Attack」の先行シングルである「Killer Queen」がヒットし徐々に知名度が上がり始めた彼らは1975年4月に日本でツアーを行っています。

その後、クイーンの人気を決定的にするアルバム「オペラ座の夜」を作成しました。
このアルバムの先行シングル「ボヘミアン・ラプソディ」は6分以上もある曲だったため、レコード会社は違う曲をシングルにしようとしますが、フレディは譲りませんでした。

その結果当初の批判をよそに、「オペラ座の夜」はクイーンが初めてヒットチャートで1位を獲得するアルバムになります。
また「ボヘミアン・ラプソディ 」も9週連続でヒットチャートの1位を獲得する曲になったのです。

「オペラ座の夜」の大ヒットでついに世界中の人気バンドとなったクイーンは、1976年に世界ツアーに出ます。
この時のツアーでクイーンは日本では6都市で11公演行っています。

その後、1983年にバンドは休止しそれぞれがソロ活動を始めることになります。

そして再び1年後の1984年にクイーンとして活動を始めますが、以前ほどヒット曲に恵まれませんでした。

しかし、映画のラストに描かれている1985年のチャリーティ・コンサート「ライブエイド」のパフォーマンスによりクイーンの人気は再び復活したのです。

その後、1991年フレディが亡くなりますが、クイーンは解散していません。
1997年にはジョンも引退してしまいますが、ブラインとロジャーはクイーン名義で今も活動を続けています。

フレディ・マーキュリー

1946年9月5日、ザンジバルに生まれたフレディー・マーキュリー
ファルーク・バルサラという名前だった彼は、厳格なゾロアスター教徒の父親と母親のもとに生まれます。
映画の中でも母親が自分たちのことを「パールシー」とインドのゾロアスター教信者の呼び名で読んでいました。

その後フレディ一家はザンジルバからインドへ渡り、イギリスにやってきました。

そしてブライアン・メイ達と出会いクイーンを結成することになるのです。

クイーンのボーカルとして人気になる一方で、フレディは自分のセクシャリティに悩んでいました。
彼はゲイでしたが、彼は自らそのことを公表していません。
またインド出身ということも、語りたがらなかったようです。

映画の中でも人種的差別的発言を言われる描写がありますが、フレディは自分のアイデンティティに悩んでいたのかもしれません。

その後、フレディはHIVに感染し、エイズ患者となります。
このことについてもフレディの周囲では様々な噂が飛び交っていましたが、ギリギリまでフレディの口からエイズであることは発表されませんでした。

1991年11月23日、フレディは自分がエイズであることを公表します。
そしてその翌日1991年11月24日に、フレディ・マーキュリーは45歳でなくなりました。

まとめ

フレディ・マーキュリーの人生を「クイーン」というバンドとともに描いた映画『ボヘミアン・ラプソディ』。

フレディがたくさんの楽曲を通して、居場所がない人達にたくさんのメッセージを送っていることが分かります。

それはきっと自分自身の叫びだったのかもしれません。

多くの人を支えてきたクイーンのたくさんの名曲。

それは今でも多くの人を救い、歌い続けられているのです。