映画『美女と野獣』(1946年) 「醜さ」に囚われた男の苦悩ともがき


1946年に公開されたフランス映画の『美女と野獣』。それは多くの人が知るディスニーの『美女と野獣』とは違う世界になっていました。バラを摘んでしまった父親の代わりに野獣の元に向かったベル。やがてお互いに惹かれる美女と野獣ですがそれはディズニーで描かれる世界よりもよりリアルで現実的な物語になっていました。

『美女と野獣』(1946年)作品情報


美女と野獣 [DVD]

タイトル 美女と野獣(La Belle et la Bête)
監督 ジャン・コクトー
公開 1948年1月27日
製作国 フランス
時間 1時間36分

Rotten Tom

あらすじ

三人の娘を持つ商人が旅の途中、無人の古城に迷い込む。

庭園のバラの花を摘むと、野獣が現れ、花盗人の命をもらうと脅したが、娘のうち一人が父の身代わりになるなら許すと言う。

家に帰って父が話すと、末娘のベルが城行きを志願。

会ってみれば野獣は心優しかった。

(出典:https://www.allcinema.net/cinema/19081)

ジャン・コクトーの描く野獣の住むお城

多くの人が知っている『美女と野獣』。
それはほとんどがディズニーで作られた物語の内容だと思います。

今回ご紹介する『美女と野獣』は物語のプロットは、ディズニー版と同じですがその世界観は全く違うものになっていました。

ディズニーの『美女と野獣』はアニメも実写もミュージカル仕立てで、楽しい歌や踊りの世界で描かれています。
しかしジャン・コクトーの作る『美女と野獣』の世界には全くその楽しさは表現されていません。

特に野獣の住むお城はホラー映画に出てくるような、不気味なお城になっています。
中は暗く廊下には壁から腕だけが突き出て燭台を握っています。
しかもその腕は動きながら火を灯しているのです。

さらに食事のテーブルにも腕の燭台があるのですが、その燭台はお酒を継いだりしてとても不気味です。
暖炉の周りの装飾には人間が埋め込まれていて、その人間は至る所にいます。
花瓶の下などお城中で目を光らせているのが、色んな場所に埋め込まれた人間でした。

この野獣の住むお城は魔法の屋敷で、その魔法は楽しい陽気な魔法ではなく恐ろしく不気味な魔法なのです。

そしてそのお城で1人孤独に暮らす野獣は、とても醜い姿をしています。
ベルは初めて野獣の姿を見た時、気を失ってしまうほどでした。

1人不気味なお城に住む醜い野獣。
彼はいろんな秘密の力を持っていますが、どこか寂しく苦しげな様子です。
そんな彼の苦悩が不気味なこのお城の中には溢れかえっていました。

しかし最初は野獣を恐れていたベルでしたが、やがて苦しむ野獣の姿を見て彼に醜さを忘れさせたいと思うようになったのでした。

美しいベル

ディズニー版のベルは父親と二人暮らしでしたが、ジャン・コクトーの『美女と野獣』ではベルには2人の姉と1人の兄がいます。

姉はベルに冷たく小間使いのようにベルのことを扱っています。
兄はベルに優しいのですがお金遣いが荒く、兄のせいでベルの家は家財道具を全て持っていかれてしまいます。

そんなベルの家の中は人間の醜い感情が渦巻いています。
唯一父親だけがベルにとって救いでしたが、ベルは父親の代わりに野獣のいるお城に向かうことになってしまいました。

家族の中で心優しかったベルは、どんなに姿が美しくても心が醜い人がいることを知っていました。
だから最初は醜い野獣を見て驚きますが、やがて彼はいい人だと気が付いたのです。

そして人間と野獣の間で苦しむ野獣を見て、彼女は野獣に安らぎを与えたいと思うようになりました。
自分のことを醜いと嘆く野獣に対して、彼から醜さを忘れさせてあげたいと思ったのです。

そしてやがてその感情は野獣への「愛」に変わりつつありました。

人間の美しさは見かけではないことを知っていたベルだったからこそ、苦しむ野獣の心を助けてあげたいと思えたのです。

そしてそのベルの美しい心は野獣の心も支えていました。

まとめ

お城の不気味さで苦しんでいる野獣の気落ちを表し、ベルの家族で人間の心の醜さを表現したジャン・コクトーの『美女と野獣』。

とても不気味で恐怖を感じるその世界は、より人間のリアルな感情を表現していてお伽話のはずがドロドロした物語になっていました。

その世界観はどの『美女と野獣』よりも人間らしさが溢れていて、そこには醜さから美しさまでいろんな感情が描かれていました。