映画『グッバイ・クリストファー・ロビン』で知る「くまのプーさん」の誕生と苦悩


世界中で愛される「くまのプーさん」。A.A.ミルンによって描かれた児童小説は彼と彼の息子クリストファー・ロビンの物でもありました。なぜミルンは「くまのプーさん」を書いたのか?そこには彼が苦しみ続けていたPTSDが関係していたのです。『グッバイ・クリストファー・ロビン』を通して「くまのプーさん」の誕生とその後を見ていきたいと思います。

『グッバイ・クリストファー・ロビン』作品情報


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タイトル グッバイ・クリストファー・ロビン(Goodbye Christopher Robin)
監督 サイモン・カーティス
公開 2018年10月3日
製作国 イギリス
時間 1時間47分

Rotten Tomatoes

あらすじ

作家のアランは、第1次世界大戦から帰還後にPTSDになる。

彼を励まそうとする妻のダフネは男の子を産み、クリストファー・ロビンと名付けるが…。

(出典:http://www.kinenote.com/main/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=90762

「くまのプーさん」誕生までの道のり

劇作家だったA.A.ミルンですが、彼は1916年にフランスで経験した西部戦線の戦いを忘れることが出来ませんでした。

ミルンは戦地から無事に戻ってくることが出来ましたが、第一次世界大戦の西部戦線の塹壕戦は悲惨な戦いだったと言われ、この地で多くの兵士がなくなりました。

せんとから戻ってきたミルンが皮肉を込めて「砲弾や毒ガスの中で執筆した」と言っていましたが、この戦いで毒ガスや戦車など新たな兵器が導入されています。

ミルンのこの描写は悲惨な戦地を経験した兵士達と一般市民との間では戦争に対して感じ方が大きく違うことを表しています。
彼がその後反戦を強く抱いたのも、塹壕戦の悲惨さを経験していたからでした。

ミルンがいたのはソンムで、ソンムの戦いと言われ第一次世界大戦で1番ひどい戦いが行われた場所でもありました。
この戦いで100万人の兵士が亡くなったと言われている戦いです。

ソンムから無事に戻ったミルンでしたが、PTSDに悩まされ続けます。
特に大きな音は彼を戦地へ一気に戻してしまいます。

都会のロンドンで派手な暮らしは出来ないと考えたミルンは家族を連れてサセックスのアッシュダウンの森へ引っ越したのでした。

このアッシュダウンの森がのちの「100エーカーの森」となる場所です。
息子と共に時間を過ごしながら、ミルンは少しずつPTSDから解放されていきます。
そして息子と共に、「くまのプーさん」を誕生させたのでした。

クリストファー・ロビンの苦悩


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雄大な森の中で息子と過ごす時間の中で生まれた『くまのプーさん』。
森の中で遊ぶ息子を見ながら誕生した作品に、ミルンは登場人物も息子と同じ名前にしてしまいました。

クリストファー・ロビンという名前を物語の中で使ってしまったのです。

息子のための物語でもあったため、ミルンには全く悪意はなかったですしその後の出来事は全く予想もしていないことでした。
しかし結果このことが息子を苦しめることになり、息子の人生を変えてしまうことになったのでした。

本人達の想像以上に世界中で大人気となってしまった「くまのプーさん」。
クリストファー・ロビンという名前は世界中で知られる名前となってしまったのです。
いくら現実と物語は違うと言っても、世の中はそうは捉えてくれません。

クリストファー・ロビンは次第にその名前に追い詰められてしまいました。

彼が亡くなるまで印税を受け取らなかったのは、物語のクリストファー・ロビンと自分は違うという思いが強かったからかもしれません

映画のラストではミルンとクリストファー・ロビンは和解したよう描かれていましたが、実際は2人の間のわだかまりはずっと続いていたようです。

ミルン親子にとって「くまのプーさん」は親子関係を変えてしまった作品だったのです。

まとめ

世界中で愛される児童文学『くまのプーさん』。
今ではディズニーのキャラクターとしても有名です。

そんな「くまのプーさん」の誕生の裏には、A.A.ミルンが経験した悲惨な戦争があったのです。
さらにこの物語によって一人の人物は人生を大きく変えらてしまうことになりました。

『くまのプーさん』の裏にある真実の物語。
それは切ない物語でもありました。