映画『プラトーン』あらすじと感想 戦争を知らなかった若者が戦地で見た現実


金持ちの家に育った若者が大学を中退してまで向かったベトナム戦争。そこで見た現実は『プラトーン』の監督オリバー・ストーンが体験したことでした。戦地で見た善と悪。それは戦争が兵士達の心を蝕んでいった結果だったのです。

『プラトーン』作品情報

タイトル プラトーン(Platoon)
監督 オリバー・ストーン
公開 1987年4月29日
製作国 アメリカ
時間 2時間00分

Rotten Tomatoes

『プラトーン』あらすじ


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クリス・テイラーがベトナムにやって来たのは1967年。

大学を中退してまでベトナムに志願したのは、次々と徴兵されてゆく彼と同年代の若者たちのほとんどが、少数民族や貧しい者たちだった事に対する義憤からであった。

だが、いきなり最前線の戦闘小隊に配属されたテイラーにとって、戦争の現実は彼の想像をはるかに超えた過酷なものだった……。

(出典:http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=20373)

ヴェトナム戦争

出典:IMDb

1955年〜1975年まで続いたヴェトナム戦争。
第二次世界大戦終了後、ベトナムはホー・チ・ミンの独立宣言により「ベトナム民主共和国」となります。

しかしその後、フランスの侵略によりフランス軍と北ベトナム軍との間で戦いが起こります。
戦いは北ベトナム軍の勝利で終わりますが、ベトナムは南北に分断されてしまいます。
そしてそれが北ベトナムと南ベトナムの戦いを起こしてしまいます。

北ベトナムではベトコンと呼ばれる南ベトナム解放民族戦線が南ベトナムに攻撃を仕掛けます。
これに対しアメリカは南ベトナムのベトナム共和国を援軍を送り、ベトナム戦争は激しさを増していったのでした。

『プラトーン』の監督オリバー・ストーンもベトナム戦争に参加しています。
彼自身がこの映画の主人公であるテイラーのモデルになっています。
大学を中退して、向かったベトナムの地でテイラーが見たもの。
それは全てオリバー・ストーン監督が体験したことなのです。

そしてこの経験を忘れないためにも、監督は『プラトーン』を製作しました。
タイトルの「Platoon」とは小隊という意味です

テイラーが派遣された隊で起きたこと、見たことが全てこの映画に詰まっているのです。

戦地の理想と現実

出典:IMDb

テイラーが配属された小隊にいた二人の軍曹。
バーンズ軍曹とエリアス軍曹は正反対の軍曹でしたが、どちらも兵士達に信頼されている軍曹でもありました。

百戦錬磨のバーンズ。
7回の大怪我を負っても死ななかった人物で、新人だったテイラーは彼を尊敬していたこともありました。
鬼軍曹で恐れられている人物でしたが、部下の死を嘆く優しさも持ち合わせていました。

一方、聖人のようなエリアス。
新人でミスするテイラーに優しく指導してくれました。
戦闘能力はバーンズ同様優れていて、南ベトナムの人は絶対に傷つけずに敵だけを倒すという使命に燃えていました。

そんな両極端の軍曹を目にしたテイラー。
次第に二人がいがみ合っていく姿も見ていました。

しかし二人とも戦争によって犠牲になった兵士なのです。
どちらも人一倍の愛国心を持っていて、それがゆえに自分を見失ってしまったのです。
バーンズとエリアスは戦争の現実と理想だったのです。

愛国心の塊で北ベトナムを倒すことだけを使命に思う二人。
バーンズは部下が命を落としてしまったことを許すことができません。
それゆえに、南ベトナムの人さえも北に通じているのでは疑うようになってしまうのです。
自分の部下の仇を討とうとした思いが、狂った方向に出てしまったのはバーンズでした。

エイリアスもバーンズ同様に愛国心の塊です。
戦地に長くいたために、戦うことが自分の全てとなり敵を倒した時の笑顔は不気味でもありました。
彼は北ベトナムを倒すことだけが、使命だったのです。

正反対のバーンズとエリアスですが、どちらも自分たちが勝つことを信じて戦地にいたのです。
しかしそんな純粋な思いを持った人でさえも戦争は変えてしまうのです。
そしてそれはテイラーにも起こり始めます。
ベトナムに派遣された頃の顔とテイラーの顔は明らかに変わってきていました。

そして「現実と理想」を見たテイラーは、エリアスのように戦う本能をむき出しにし、さらにバーンズのように憎いものを排除するようになってしまったのでした。

だからラストでテイラーは「自分は二人の間の子のような感じさえする」と語っているのだと思います。

まとめ

ベトナム戦争における兵士の想いを描いた『プラトーン』。

オリバー・ストーン監督は自分がベトナムで経験したことを伝えることが義務だと感じていました。

そして残りの人生を意義あるものにすることが自分の務めだと思い、『プラトーン』という作品を作りました。

そして多くの人に忘れてはいけない戦争というものを伝えたのです。